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第64話

――この恐怖感から早く逃れたかった。‪α‬=自分に害をなすもの……と刷り込まれているみたいだ。なら、なんで樹ならいいんだろう? 樹の言う『唯一無二の運命の番』だからなのか?こうなってしまった今、それを認めざるを得ない。リモートでの社長は平気だった。けれど、エントランスのチャイムから見えた‪α‬は僕と同じ顔をしているのに、僕より背が高く、‪α‬らしさはあまり無かったが、間違いなくαで、なにか危害を加えるような嫌な気配を纏っていた。ドアフォンの画面から見える相手の姿に震えが出てきたのはその直後からだった。 『嶺岸さんの番さん?僕、嶺岸さんと約束があって話しに来たんですけど、今、いらっしゃらないならお部屋で待たせてくれませんか?』 樹がいないと言うとそう返ってきた。絶対に嘘だとわかる。ヒートを起こしてる状態で‪α‬を招き入れるほど怖いことは無い。そんな時に僕を隠すことはあっても、この部屋で話すようなことをするような男ではない。僕の時は例外だったようだが、プライベート空間に他人を連れてくるようなこともない。それに間違いなくこの匂いが相手を引きずってしまうだろう…… 「ムリです……本人からも連絡が来てませんし、僕は誰かと会える状態では無いので、今日のところはお引き取りください。」 震えそうな声を、何とか気丈に保ちそう答えると、今度は逆のことを言い出した。たぶん、こっちが本当のことなんだろうと思う。 『本当はキミ目当てで来たんだよ。あまりにも匂いが魅力的だったから、近くで嗅ぎたかったんだ。本当はリカさんが欲しかったんだけど、キミの匂いも堪らなく良くて、逢いに来たんだけど顔だけでも見せてくれない?』 ――リカさん?誰のことだ? 「それなら、鏡を見てください。とてもよく似ています。僕は会う気はありませんので、今日はお引き取り下さい……」 インターフォンを切った。そのあとも数回チャイムを鳴らされたが、寝室へ逃げた。 ――早く帰ってきて…… 時間が経つごとに恐怖感が増してくる。あの暗闇の中を歩いているような気分だ。 もう、あの場所には戻りたくない…… だからこそ、あの子を救い出したい…… 段々と震えていく。もし、コンシェルジュを騙して部屋に入ってきたらどうしよう……? ‪α‬と対面したところで、部屋の隅にいたら逃げ場はないし、力では絶対に適わない。逃げたとしても、体力で勝つ気もしない。相手もヒート状態になってしまったら力が抜けてしまう…… 小さくうずくまって震えることしか出来なかった。それからどれくらいの時間が流れたかわからない……樹が帰ってきて、混乱する頭で説明をするけど上手くいかない。それがわかっていて、たぶん、落ち着かせようと樹もヒート状態に入った。 痺れるような香りの混ざり会う匂いが寝室中に広がる。触れられた肌が……口付けが気持ちいい……この人だけなんだ……恐怖を感じないのは……僕の『唯一』と樹の『唯一無二』が完全に一致した人…… そこからはあまりはっきりとした記憶が無い。気付いた時には樹の上に乗って、樹の立派なペニスを咥えて扱いていた。後孔には指が入っていて、グチュグチュと音を立てて抜き差しされている。指が何本か、なんてわからない。 「はぁ……あ……ァん……ぃぃ……」 すごく気持ち良かった。自分の中にそんな欲望が潜んでいたとは知らなかった。心とは裏腹に 「……んぁッ……もっと……あぁん!!」 背が仰け反るほどの快感……Ωである限り‪α‬に貪られる存在……けれど、Ωだって人間だ。相手を選ぶ権利は欲しい。噛まれると世界が変わる、というけれど、その世界を見てみたい気持ちもある。ただ、もう少し時間はかかるだろう。来年の今頃にはあの子がお腹にいる頃だろうか……? 「……も……挿入れて……?」 長い時間の始まりだった。

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