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第66話(賢祐目線)

僕が白石玉妃の元を訪れた時に、雑誌やポスターの撮影をしてるとのことで、スタジオに顔を出した。モデルであり俳優の『嶺岸 樹』が僕を見た途端にほんの僅かに驚いた表情をした。 ほんの一瞬だったが…… その理由が番の所に行った時にはっきりした。 『僕の顔を見たければ鏡を見てください。同じ顔をしていますから!!』 彼はそう言った。スキャンダルが出た時の雑誌のモザイクを取らせると、確かにそっくりだった。僕を少し女々しくした感じで、写真の顔は無邪気そうな表情をしていた。 少し調べさせると、彼は広告代理店の社員で、その撮影の区切りが着いたところで元々狙っていた‪α‬に連れ去られて5人の男に強姦(レイプ)されてから、‪α‬恐怖症になっている、というものだったが、嶺岸だけは特別で、一緒に生活しながら時期が来たら番になる、というものだった。孕ませてこっちのものにしようと思ったが、まだ、妊娠することにリスクがあるということだった。下手をすれば今、妊娠、出産を迎えてしまえば、彼の命と引き換えになるということだ。だから、嶺岸もまだ、番にすることが出来ないのだ。あの匂いを引き継ぐ子供が産まれるかわからない賭けに出るのはこちらとしてもリスクがデカい。 リカさん……大山那恵も、抱くことも、抱かれることが好きな僕にとっても、とても魅力的な女性だ。白石玉妃のところにいても、抱かれるだけの人生を送るにはもったいないと思う。 もう少しΩの振りをしていたかったが、白石玉妃と接触したことによって‪α‬だということがバレてしまうだろう。 そんなことはどうでもいいことなのかもしれない。今はあの2人の趣味の良さに指を咥えて見てるしかできない状況なのが悔しいが、どう足掻いても現実は変わらない。  もっと早くに僕が出会っていれば、とは思うものの、大山と白石は大学時代から、杉本雅と嶺岸 樹とは1年少し前に仕事で偶然に知り合ったのだという。僕のような仕事をしていても逢えないわけである。嶺岸は当面彼を離す気はないようだし、今のいい時期に『はぐれΩ』にはなってくれそうにない。はぐれΩになったからといって、彼を店に出すつもりもないのだけれど。捨てる神あれば拾う神あり、でそのまま番にして、あの香りを独り占めしたい気持ちの方が強かった。リアルに顔も見たことない相手に匂いだけで惚れ込んでしまったのだ。 特殊Ωというものは、こんなにも心を揺さぶるものなのか、と初めて知った。嶺岸に逢うまでよく無事に生活してきたのだと思う。元々クールな性格であったようだが、それも己の身を守るための手段だったのだろう。ツヴァイ・コーポレーションはΩには適した会社だ。杉本の父親や兄は大企業ではあるが、重役になっているわけではない。α手当はあるものの、どこまでのし上がっていくか、見ものではあるが、特殊でΩが生まれてしまった杉本家にとっては、手に余る存在だっただろう。母親はβではあるが母方は至って普通のβの家系だ。Ωの血は父親の母親に因子はあったが、特殊Ωではなかった。βの血液型でいえばRH+とRH−くらいの差だが、特に父親の母親は普通のΩだ。 特殊Ωが生まれる確率はそれほど高くない。その中で、『運命の番』を見つけだすことなんて滅多にない。特に妊娠しやすい特殊Ωは金持ちの子作りに使われることが多い。αを産む確率からだ。産めなくなったら、お払い箱になることが多く、はぐれΩになったとしても年齢が高くなる確率も高い。故に短命だ。 この杉本雅が何人の子供を産むかで、余命も変わってくるだろう。嶺岸はそれを知っているのかは謎だが、産まれて来た子供の父親の役目は果たすイメージが強い。嶺岸の家はα家系だ。長兄のところには見合い結婚したΩとの間に2人子供がいるが、2人ともαだ。次兄はまだ未婚だ。跡取りはいるから弟たちは気楽だが、長兄にいつ、運命の番が現れるか、ビクビクしながらのΩ程可哀想なことは無い。だが、2人の番を養うだけの財力はあるはずだから、子供たちの母親を追い出すことはないだろう。 Ωは感染症に弱い。僕の母もそうだが、嶺岸の家も病気で母親を亡くしている。特殊Ωとなればさらにそのリスクは上がるだろう。嶺岸はどのように番を守っていくのかがある意味楽しみでもある。自分のものにならないのなら、それくらいの傍観者でいても良いだろう。 ――生まれてきた子がΩなら僕の番にする……番にして飼って愛で回してやる。 そう心に決めた。

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