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第69話

あれから、宮日賢祐が尋ねて来ることはなかった。白石社長のところにも、たまに連絡が来るくらいで、諦めてはいないらしいが、以前のようなしつこさはないらしい。 『Ωの女の子が産まれたら、責任をもって僕が(めと)りますから。育てるとは言いませんが、リカさんみたいな女性に育って欲しいですね』 と言ってきているらしい。逆に 『Ωが産まれたら、僕に下さいね。直ぐにとは言いません。嶺岸さんの番さんは諦めますから、僕の番が欲しいんですよ』 共に『本人が選ぶことだから、物のように扱うのはやめてください』と返答してるらしい。 大山にはそろそろOKのサインを出し、先に妊娠してもらう時期がきた。医者からも 「そろそろ番契約してもいいけど、妊娠するのは2〜3ヶ月先の方がいいかな。」 「β女性が妊娠したら、同じ月に出産するのに何ヶ月差で妊娠すればちょうどよくますか?」 「君の場合は異例だからね……なんとも言えないけど、通常の男性Ωの場合なら5〜6ヶ月が平均だよ?5ヶ月と見積っていいかな?とは思う。」 そう返ってきた。 一緒についてきていた嶺岸も目を丸くしている。とうとう、覚悟を決める時が来たのだ。僕らの場合は覚悟もなにも、特に嶺岸はこの日を待っていたのだ。もうすぐ発情期に入る。その時まで待てるだろうか……? 「特殊Ωの場合でも、番になれば匂いは番にしか感じなくなりますか?」 「αからの干渉の匂いは感じなくなるだろうけど、彼の匂いを感じ取るかどうかはまだ、わからないね。ただでさえ少数派のΩの中で、彼のような特殊Ωは至って稀にしか産まれてこないから、前例がないんだよ……だいたいが囲われて表に出れなくなってしまっているからね、特殊Ωの場合は……」 αを産むための道具でしかなく、出産後は命を削られていく。特殊Ωの多くが短命なのもその所為だ。愛人として囲われ、本妻に子供を育てさせるのが、大企業や金持ちαのやり方だ。 それは男性Ωには特に負担が大きい。女性Ωの場合の方が少しは長く生きられる。元々出産に適した体を持っているからだ。 ただ、救いなのは僕の『番』はそんな考えを持っていないことだ。 病院を終えて帰宅すると、ふわりと後ろから抱きしめられた。 「……やっと、番えるね……オレだけの雅になるんだ……すげぇ嬉しい……」 ――そう……Ωにとってのαは唯一…… 帰宅途中のタクシーの中で、僕は大山さんに、樹は白石社長に連絡をとっていた。僕より前に妊娠してもらわなければ、同じ月には産まれないからだ。大山さんが妊娠してから約半年後、僕はあの暗闇からあの子を救い出せるんだ…… ずっと胸に抱えていた彼の存在を忘れた日はなかった。 「……次の発情期の時に……噛んでもいい?」 躊躇いがちに樹が聞いてくる。 「……うん……樹が僕だけの番でいてくれるなら……僕にとって唯一になるんだからね……?」 「わかってる。オレだって雅しか考えられない……オレはそんなに信用がないか?」 ふるふると首を横に振る。出会ってから約2年間、ずっとそばにいた。守ってくれていた。 あの子は言った。『ぼくの新しいパパ』だと。 好きな人と幸せな家庭を築く……そんな日は来ないと思っていた。まだ、嶺岸の家族には挨拶はしていないが……α恐怖症がどうにかならないとまともに話せない。ただ、樹の方から連絡入れているらしい。 数日後に迫った発情期に向けて…… 樹の前でチョーカーを外す日が来る。番になったら世界は変わるのだろうか……?自分の性に悩むことも無くなるのだろうか……? 密かに白石が立ち上げたベビー服のピンク・クローバー、子供服のブルー・クローバーの広告企画は練っていた。大山の妊娠がわかって、安定期に入ったら、大山にその企画書を見てもらおうと思っている。たぶん、僕もなるだろうが、初期のツワリなどで体調も安定しない時期に仕事をさせる気は無い。 僕らの報告を受けて早々に彼女たちは入籍と同居を同時に始めた。 『ちょうど、身辺整理が終わったところでちょうど良かったよ。あたしも腹を括るわ。』 そんな返信が返ってきた。

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