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第71話
テレビを見ながら熱い紅茶を啜る。パソコンも開いたままだ。いくつかの案件をまとめながら
軽く休憩をとっていた。流れるCMを見ながら同じものは作れない、と思いつつも、以前収録したCMの続編やサンプルとして送られてきた音源を聴いて自分のイメージを膨らませていく。ベテランのアーティストから新人のものまでサンプルは多種多様だ。ベテランもCMソングになれば、ファンは食いつくだろうし、新人は自分を売るために必死な状況だ。
ただ、僕らは自分たちの作ったものにその曲が合うか、合わないか、で曲を決めるだけだ。
好きなアーティストを起用したい、という人もいるが、僕はそういったものには無縁だ。その曲が良ければその曲が好きだけど、そのアーティストまで好きになる、ということはなく、これまでも決まったアーティストにハマったことは無い。毎月、毎週のように新しい曲が送られてくる。魅力的な曲はたくさんある中で一つを選ぶのは身持ちは重たい。同時進行でいくつか使えるものは使えると思うと、大山に全否定されようが一度でも触れた曲には愛着が湧く。
TVCMでは、既に使われている曲もあるけれど、それもピッタリとハマっている気がする。見入ってしまうような、インパクトの強いものを作りたい。心に響かなければCMとしては失格だ。それに合わせてスチールを撮りそこに載せるキャッチコピーも作り上げる。
出産はこれからなのに、すでに産みの苦しみを味わっている気がする。何かを作り上げる、というのはそういうことなのだろう。実際の出産の方がはるかに大変だとは思うけれど……
いつ枯渇するかわからないアイディアを絞り出すのは追われるようなスリルがある。実際に締切には追われているのだが、それまでに納得ができるものが出来上がらなければ、それは作品を発表するという舞台に立つことも出来ない。自社のCM、他者のCMと多種多様に流れるCMを見てるとこうした方がいいな、僕だったらこうするのに、という角度で見てしまう。その角度から切り込むのも営業に使えるだろう。
その次の契約をとるための簡単なモチーフを作ってみる。大手の契約会社かもしれないけれど、プレゼンができるなら、自分の方がいいものを作れる気がした。いつもなら、そんな自信などない。発情期がなにかの気持ちを大きくしてるのだろうか?
ついソワソワしてしまう。時計を見上げてみたり、CM以外は頭に入ってこないテレビを見ていたり……と、時間がどのチャンネルもワイドショーのような番組を放映し始める。
『緊急速報!!嶺岸 樹、結婚か?!』の文字に紅茶をブッと吐き出してしまう。方向がパソコンやコンテのある方向ではなかったのが救いだが、テーブルとカーペットの1部に飛び散った。それを拭き取りながら、キャスターやコメンテーターが
『番がいるとのことですが、今まで、恋愛関係のスキャンダルがなかっただけに、唯一週刊誌に載った噂のΩさんなんですかね?』
『ずいぶん急な情報ですが、確かな情報なんですかね?週刊誌に載ってたのが身内でも看病には行くでしょう?』
と話に花を咲かせている。嶺岸のスキャンダルは世の女性にとっては最悪な情報だろう。確かに今夜番になる予定だ。だが、どこから情報が漏れたのだろう……?
発表は番になったあと、確定してから……もしくは妊娠してから、と話してた気がするが、浮かれすぎて誰かに何かをしゃべったのかもしれない。それを聞き付けたジャーナリストがいても不思議ではない。
『でも、本人からの発表はまだ、ないんですよね?少し先走りでは?』
『近日中にあると踏んでます。運命の番がいることは、関係者の間では有名な話らしいですしΩの看病なんて、身内でも行きますかね?』
――余計なことを言うな……
僕のことを碌に知らない奴が勝手なことを言うことに軽く傷つく。僕の何を知ってそんなことを言うのか……樹が芸能人だということはわかってる。でも、僕は一般人なんだ……
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