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第73話(大山目線)
「あれから嶺岸さんから何度か会社にも玉妃のとこにも連絡来てるよ?いいの?このままで?」
本当はいいわけないし、嶺岸も憔悴しきってる。ちょっとの言葉のすれ違いでこんなことになってしまった……冷静になれなかったのだと。そんなに簡単にいなくなってしまうとはその時には考えていなかった、と。
「……うん。元々芸能人なんかと釣り合わないんだよ。僕は。実家だとバレちゃうから今の家に越したんだ。しばらくは会いたくない……」
嶺岸はオフの日には杉本を探している。本気になれば興信所を使えば早いのだろうが、何故かそれをしていない。杉本の気持ちも尊重してちゃんと帰ってくると思っているのだろうか……
「でも、約束は守るよ?大山さんと同じ月に子供を産むって約束。シングルファーザーになる覚悟もできてる。」
不意に杉本がとんでもないことを言い出した。頑固にも程がある。
「α恐怖症のあんたが、嶺岸さん以外のαと出来るの?裏切りだよ?」
『運命の番』がそうでない人と番えるのだろうか……?独占欲の強いαがそれを許すわけが無い。嶺岸は特に杉本に執着している。
「……裏切りにはならないよ……あの時に『番になりたきゃ、抱いてやる』って言ったんだ。もう、そこに彼の気持ちがないことがわかったから、あの部屋を出てきたんだよ?白石さんの会社のαさんとお見合いでもしようかな……いい相手がいたら紹介してって伝えといて?」
と杉本は薄く笑う。それを裏返せばもう、杉本は嶺岸の元には『帰らない』ということだ。
会社についてから杉本を先に事務所に行かせて、忘れ物をしたから、と玉妃に連絡を取る。もちろん、玉妃も難色を示した。
「……嶺岸がちょっと可哀想すぎるね……浮気を疑われて、ちょっと頭に血がのぼっちゃって、仕事して帰ってきたらもぬけの殻なんて事態になってたわけだろ?しかも、別のαの子供を産もうとしてる?それはこちらとしても困ることなんだよね。嶺岸の子供だからこそ、あんた達の仕事のモデルとして起用する予定だからね。何とか杉本雅を説得して、次の発情期までには帰るように説得しなきゃならないわね……」
あくまでも玉妃にとっても仕事の道具としか見ていないのか?と疑念を持ちつつ、嶺岸にも所在を伝えた方がいいのか聞いてみる。
「あいつ、あれでも心配しまくってるからね。ただ、話し合いの場は必要かもしれないけど、第三者は必要かもしれないよ?」
「……どうしたらいいと思う?あたしじゃ思いつかないんだよ……」
「可愛い奥さんの頼みだ。今日の帰りの時間に嶺岸を向かわせよう。私も同行するから帰りは那恵の車に乗せてよ?」
「……わかった」
杉本を裏切るみたいで申し訳ない気持ちになったが、今のままではいけないのは目に見えてわかる。あの宮日の御曹司に嗅ぎつけられたら、とんでもないことになってしまう。
仕事も辞めさせられてしまうだろうし、完全に監禁状態で、生活させられてしまうだろう。
はぐれΩになることはないだろうが、杉本が杉本ではなくなってしまうだろう……洗脳されて
ただ、優秀な子供を産むだけの死ぬまで子供を産まされるだろうと想像出来る。
特殊Ωはどこの企業のトップにも優遇されるが、その分短命だ。人口の0.3%の中の僅かに0.001%しか生まれない。その中で杉本のように普通の生活を送れてる特殊Ωはほぼいないに等しい。男の特殊Ωなんて余計に珍しいのに……
裏切るみたいで申し訳ない気持ちになるが、今、杉本を失うわけにはいかない。
けれど、最悪は最悪を呼ぶものだと言うことを初めて知った……
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