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第84話

それから間もなくのことだった。僕の産後初めての発情期が来たのは…… 僕は抑制剤を飲みつつも、樹が帰宅する度に発情する。匂いは多少抑えられてはいるものの、樹には強烈に感じるらしい。以前のような呼吸困難を起こすことは少なくなったが、無い訳では無い。 「……樹ぃ……」 縋るような目でいつも見つめてしまう。 「わかってる。(かいり)が寝付いてからな?」 と、甘いキスだけで最初は済ませてしまう。呼吸困難を起こさせないためのキス……不満はないけど、義務のようにされるのは少し寂しい気がした。番になる前は……出産する前は、もっとがっついてた気がするからだ。樹は今、連ドラの撮影中だ。家でも台本を手にしてセリフを覚えている。 疲れているのもわかってる……でも…… 「……疲れてるのに……ごめん……」 そんな言葉しか出てこない。 「気にするな。オレも待ってたんだから。言ってるだろ?雅を1番に愛してる。浬も大切だけど浬はその結果だ。雅を手放さい為の大事な存在でもある。浬ももちろん愛してるよ?」 もう、ハイハイもできるようになった浬はつかまり立ちの練習をしている。たまに寝返りを楽しむようにゴロゴロしてる時もあるが…… 「ほら、浬、そろそろ寝る時間だよ?」 自分の仕事もしていたが、樹の帰宅は遅い。普段はこんな時間まで起こしてることはないのだが……起きてる時間にパパが帰ってきたのが嬉しいのか、少し興奮しているような気もする。 「だァ?ああ〜!!」 少しはしゃぎ気味の声で、樹を呼ぶ。樹は浬を抱き上げて「ただいま、いい子にしてたか?」と聞くと浬は「んっっ!!」と頷きながら、理解しているような返事をする。確かにいい子にはしてくれていたが……αの子の知性はこんなにも早くから出るものなのか?と不思議に感じてしまうほどだ。 母に聞いてみても、兄よりも言葉の理解が早いとは聞いているし、兄の子供の咲羽もこれほど早くはなかったのではないか?と言われた。 本当に理解しているかは分からないが、ただ、返事のタイミングや返事、言葉を発するタイミングはかなりしっかりとしている方だと感じる。親バカなのかもしれないが、普通の子供にしてはやっぱり早いと思ってしまう。夢妃もそこまでではないとも言うし……初めての子育てだから、わからないことも多いけれど、周りの意見を参考にしてみると、やっぱり少し頭の回転の早い子供なのかもしれない。 樹がお風呂に入ってる間に浬を抱っこして寝かしつけに入る。いつもより遅くまで起きてたのもあり、ウトウトし始めるまでは早かった。重たそうな目蓋を必死に開けて起きてようとするも、ゆらゆらと揺られてトントンとしてあげるとその眠気には勝てないようで、段々と目蓋を開ける回数が減る。そんな姿も愛おしい。 数年前までの自分では考えられなかった。浬を見ていると、全てがひっくり返ってしまった今の結果の方が、多幸感を感じている気がする。人付き合いは仕事だけ、発情期の度にビクビクしながら生きてきた。 守るものが出来た途端に母親が強くなる、ということも何となくわかった。この子を守らなくてはいけない、という義務感は確かにある。 この子の存在があるからこそ、僕が今の僕でいられるような気がする。無償の愛がそこには存在しているのだ。樹や僕が求めるのは、決して無償ではない。見返りのある愛だ。 『好き』『愛してる』その言葉についてくるのが躰の関係だ。そして『唯一無二』であることであり、生涯を共にする約束。番の契約を結んだ今、僕はたぶん、幸福な人生を歩んでいると言えるだろう。子供が産まれた今ですら、抱かれたい男1位をキープしている樹。心配がないわけではない。それを揺るぎないものにするための努力は必要だろう。 浬が眠ったところで、ベビーベッドに静かに寝かしつけると、目覚めることなくスヤスヤと眠ってくれていた。

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