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第92話(樹目線)

浬がとんでもないことを言い出した。 「パパがママに飽きたら、ママをぼくにちょうだい?ぼくもパパに負けないくらいの男になる」 「浬とママは親子だから、いつまでも浬のママでいてくれるよ?それに、浬が今は独り占め出来てるじゃないか。兄弟が出来たらそうはいかなくなるかもだけど、浬にもそのうちに『運命の番』が現れるかもしれないから、今からママだけって決めるのは早いんじゃないかな?」 「兄弟が出来ても関係ない、それでもぼくはママがいい。ママしかいらない」 子供の戯言として聞き流した。まだ、世界を知らない子供の言うことだ。彼の世界には雅しかいない。Ωとはいえ、雅は同性だ。その同性を選んだのは間違いなく自分自身だが、雅しか愛せないのだから仕方のないことだけだ。が、まだ幼い我が子が何故、そこまで雅に固執するのかがわからなかった。 「夢妃ちゃんは可愛いと思ったんだろ?」 「うん、可愛いよ。女の子としてはね。でもあの子はぼくと同じ匂いがする。好きになる子じゃないよ?仲のいい友達……かな」 ――同じ匂い……?α、Ωの匂いを嗅ぎ分けてるのだろうか?しかも何故、うちの息子はこんなに大人びてるんだろう?まだ、2歳にも満たないというのに…… 様々な疑問が浮かぶが、雅が浬を甘やかしすぎてるだけだろう、と思っていた。たとえ、雅が約束をした『あの子』であったとしても。 「パパがママに飽きることはないかな。だから、浬は浬の『唯一無二』を探すんだよ?今はまだママが大好きな浬のままでいい。大きくなればわかってくることだから。」 母親の愛情なんて知らないオレが説得したところで、どこまで浬が理解してくれるか、なんてものはわからない。最初のマネージャーをしてた女性は既に引退して、その息子が今はマネージメント全般をしてくれている。オレはあくまでも親の会社の宣伝材料でしかない。 出来れば、その仕事も雅の新会社に回してやりたいと思っているが、親にも付き合いというものがある。ずっと同じ制作会社で作られたワンパターンなものが多い。ブルー・ピンクのCMが始まったら親にも雅の仕事がみてもらえる。その時がある意味チャンスかもしれない、とは思うものの、浬を芸能界入りさせることには反対されるだろう、というのは母が雅に伝えた言葉からも伺える。雅の一声で浬は経済学を学ぶことも(いと)わないだろう。 「浬はママの仕事のために撮影をしてるけど、芸能界に興味があるのか?」 「ないよ?少しでも長くママ傍にいたいから、ママのお仕事の手伝いがしたいだけ。だから、ママがいないお仕事はしないよ?今、ママは違うお仕事もしてるでしょ?」 「子役は現場にママが付き添うことが多いんだよ?もしくはマネージャーかな」 「パパはパパの付き添いはパパのママではなかったんでしょ?それにぼくのママは仕事してるじゃない。撮影の時にママが他の男の人と話してるのを見るのもイヤだから、ぼくはママと一緒の仕事だけでいい。今の撮影ならほとんどが女の人だし、ママに危険はないと思うから」 α相手なら危険は無きにしも非ずだが、少なくとも白石玉妃は『パパ』と呼べる存在ではある。玉妃に危険がないことは重々承知なのだろうが、この子はもしかしたらレイプ事件のことを知ってるのかもしれない。そんなことが頭を過る。暗闇から救いたがっていた子が本当にこの子の魂に宿っているのだろうか……? 言葉の端々から見え隠れする大人びた言動や言葉を発することへの速さ、いくらαでも、この子は生まれた時からしっかりしすぎている。 粉ミルクをよく飲み、よく眠り、初産の雅の手を煩わせない子供だ。それが当たり前になれば次の子で雅は苦労するだろうが、それすらも手伝ってしまいそうな勢いだ。いくら『ママ』が好きでも、それを超えてるものが浬の中に存在しているようにしか思えない。 『いい子』だとは思う。ただ、心の中にモヤモヤが存在する。息子に嫉妬などと思いたくはないが、そう思えざるを得ないのは気の所為だろうか……?

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