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第94話
もうまもなく、大山の3子が安定期に入ろうとする頃、僕の発情期もそろそろ近づいてきていた。ドラマの収録を終えて、CMやモデルの仕事を中心に切り替えた樹は僕の発情期にはずっと家にいるつもりらしい。
浬も遊んでもらうんだ、と意気揚々としている。ある意味、理想の家族像かもしれない。
そう思っていたが、樹はそうでもなかったようだ。何故か浬をライバル視している。
「オレはずっとイチャイチャしてたい」
と言い出した。実家に預けようとするも、浬がそれを拒否をした。母は残念がっていたが、浬も久しぶりのパパとの団欒を楽しみたいのだろう。今回は薬を飲んでいない。徐々にヒート状態に入っていくと、浬は『いい匂いがする』と言い出した。間違いなくαであることは確定だろうが、処女の頃ならともかく、番になった今、僕の匂いは樹だけにしか感じられないと思っていた。
――血筋の所為……?
まだ、浬が子供で良かった……と思う反面、何故浬には感じとれるのだろう……?これが始めてではない。薬を飲んでいてもヒートの匂いを感じ取るからだ。『ママからお花のようないい匂いがする』と何度言われたか……ヒート時は寝てる時以外は特にずっと僕の傍から離れないのはαの本能だろうか。
特に今回は薬を飲まずのヒートで1週間を過ごすわけだから、浬にとっても初めての経験になる。なるべく完全なヒート状態は寝室以外では匂いを漏らしたくない。樹がいる限り不可能ではあるのだが……
「ねぇ、パパ、ママからいい匂いがする時ってパパも匂いがわかるの?」
樹は飲んでいたコーヒーを吹き出した。まさかこんなに幼い我が子がΩの匂いに気付くわけがない、と思っていたのだろう。
「そりゃ……わかるよ?パパは初めて会った時からママのその匂いが大好きだからね。」
「パパがママに好きって言ったの?」
「そうだよ。パパは運命の人じゃなきゃ結婚しないって決めてたから、会った瞬間にママに一目惚れしたんだよ。すぐに結婚してください、ってお願いしたんだよ?」
――すぐではなかった気はするが……
「ぼくもママに結婚してください、って言いたい!!言ってもいい?」
今度は僕が紅茶を吹き出す番だった。僕に懐いてるのはわかってたけど、そんな気持ちを抱いていたとは……先々になって、僕は思春期を過ごしたあのαから逃げる生活を強いられるのだろうか?いや、その頃には浬にもちゃんとした倫理観を身につけているだろう……と願う。
「ママはパパと結婚してるから、ふたりとは結婚できないんだよ?」
「じゃ、ぼくが大きくなったらパパがリコンしてくれたらいい?」
「親子でも結婚はできないから、ちょっと難しいかな……」
苦笑いを噛み殺しながら、浬がどうしてそこまで僕にこだわるのかはわからなかったし、
「……ママの子供じゃなかったら、ママと……」
と小さな声で呟いたのが聞こえた。
僕の子育てが悪かったのだろうか……?最初の子供だから手探りで育ててきたのは認める。でも、僕は父や兄と関係を持ちたいと思ったことは1度もない。逆に逃げてたくらいだ。兄もβの母には興味を示さなかった。母の子育てを真似て育ててきたつもりだ。
浬は人並み外れた感性の持ち主だと思う。それは今、すでに流れているCMでの仕草、ポスター撮りの時のポージング、撮影の場での意見を出したり、とそういった大人びた顔をのぞかせる反面、家では少し『おませ』だけれど子供の顔をしている。どこにでもいる甘えん坊の男の子だ。ただ、僕を好きすぎるところを除けば。小さな男の子はママが大好きなのはわかる。けれど、浬のそれは異常とも言えるかもしれない。夢妃もそうなのか聞くと、ママっ子にはかわりないようだった。
少し膨らんできたお腹に『今度はちゃんと生まれてね』と可愛らしい発言もしているという。
僕はソワソワする気持ちを抑えながら夜を待っていた。
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