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第105話
新CMの撮影日のことだった。
やっと発情期も終わり、打ち合わせ通りにYUMENOとKAITOは見事にその仕事をこなした。妃那と昶もしっかりとつかまり立ちをしてその仕事をこなしてくれた。残すところはスチールのポスターの撮影だ。何着かの服に着替えて望む撮影に4人は怯むことなくそれもこなし、撮影終了を喜んでる最中に樹のマネージャーから連絡が入った
樹は今、主演ドラマの真っ最中のはずだ。軽い気持ちでスマホをスライドする。けれど、電話の向こうのマネージャーの声は逼迫 していた。
『雅さん至急T大学病院にまでこれますか?樹が……樹が……あなたの協力が必要なんです』
「落ち着いてください、何があったんですか?」
『樹が撮影中に事故に巻き込まれました。今、すごく危険な状態なんです!!あなたの……あなたの声になら応えてくれるかもしれない』
受話器の向こうの言葉に目の前が真っ暗になる……僕は呆然と言葉をなくした。玉妃がその電話を奪い取るようにして事情を聞いてくれた。樹が巻き込まれた事故に関しても……
「雅くんは冷静になれないだろうから、私が病院まで送る。雅くんの車はウチの秘書に車は任せてとりあえず、うちの車で移動しましょう。話は車の中でするわ」
急ぎなことには変わりない。運転代行のように2台でうちの車は玉妃の秘書が送ってくれた。そして僕達は不安を抱えながら病院へ向かうことになった。
ICUで色んな管に繋がれて、頭には包帯、あちこちに擦り傷の見える場所の数カ所には大きなバンドエイドのようなガーゼ付きのテープが貼られている。その痛々しい姿に泣きそうになるのをぐっとこらえながら、慌ただしく動く看護師や新人研修医と見られる医師がベテラン医師の周りを早歩きで動き回っている。
玉妃の話では、撮影現場ではなく、役者が休むテントに向かって車が突っ込んでいったと言っていた。その車は飲酒に加えて居眠りをしていてまさに走る凶器と化していた。樹を初め、数人の俳優が巻き込まれ、同じ病院で治療を受けている者もいれば、他病院に搬送された者もいるらしい。主に事故に巻き込まれたのはそのシーンで撮影が終えた出演者とエキストラとスタッフと人数はなかなかに多い。
道から見て奥の方に座っていた数人が重体、手前側でも跳ねられた数人が重体だ。上手く車が通らなかった場所にいたものでも飛んできた椅子やら小道具などの物が飛んできて軽傷を負っているという。
ただでさえ大事故の上に巻き込まれているのが芸能人が大半なだけに、ワイドショーは大騒ぎだろう。段々と病院の前にも情報をかぎつけた報道陣が集まってきているらしい。僕らは見せ物じゃないし、樹が生命維持装置で生かされてるような状態なのだ。祈る気持ちでガラス越しに樹を見つめていると、マネージャーさんが僕に気がついた。
「待ってました。樹のところで声がけしていただけませんか?私じゃなく雅さんの声の方が樹は安心すると思うんです!!」
「そこ!!静かに!!」
――看護師さんに怒られた……
ただでさえ、命を繋ぐための装置の音を聞き漏らさないように動いてる看護師からすれば、大きな声で呼びかけるなんてことは、仕事の邪魔であり、誰かの身を危険に晒すということだ。
僕は静かに震える足を叩き振るいながら、傷だらけのパートナーの脇へと足を進めた。
玉妃と大山はICUに入れない子供たちを見ててくれる、と言うので恐る恐る近づいていくが、足が震えてなかなか前へ進めない……
――どうしてこんなことに……
痛々しい傷が、命の危機にあるという姿が、受け入れられない現実を突きつけてくる。腰が抜けそうな身体を支えてベッド脇の椅子に腰掛けながら、樹の手を握る。
「……樹……目を覚まして……お願い……」
ポロポロと涙が頬を伝う。その雫が樹の手にも伝っていく。僕が心を壊した時、樹もこんな気持ちだったのだろうか?
――頼むから早く目を覚まして……
祈るような気持ちで、その手を握り続けた。
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