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第106話

毎日のようにICUに通い、出来る限りの時間を声をかけることに集中していた。浮腫まないように足をマッサージしたり、少しずつ回復に向かっているように、顔色は良くなっていってると思うが、まだ、目覚めない。 事故からすでに、5日が経過していた。マネージャーである笹山さんの方が倒れそうな顔色をしている。急なスケジュール調整に走り回っている中で、毎日のように顔を出している。 「笹山さん、顔色が悪いですよ?ただでさえお忙しくしてるのに……樹はだいぶ落ち着いてきてます。山場は越えたので、あとは意識が戻ってくれればいいんですけどね……」 「まずは樹の無事を確認しないと……この状態じゃ、しばらく仕事はできないでしょうからねぇ」 まだ、鼻に入ったチューブから胃瘻(いろう)は続いている。食事が取れないのだから仕方ないが、それすらも痛々しく感じてしまう。口に運べば口を開いて高カロリーゼリーを口にしていた僕とは全く違う状態だ。 骨折は無いものの、頭を強く打ってることと、外傷が多い。外傷は深くはないが、左腕は数針縫っているらしい。点滴の針が刺さっているから、その傷はまだ見ていない。穏やかな寝顔を見ていると、今すぐにでも目を覚ましそうなのに、その眸は未だに固く閉ざされたままだ。 ――意識さえ戻ってくれれば…… 僕の頭の中はその言葉で埋め尽くされていた。 僕が心を壊していた時、樹は時間を作っては僕のところに通い、リハビリにだって付き合ってくれた。今度は僕が樹を支える番だ。週末は子供たちを実家に預け、平日は保育園に行ってる間、できる限り樹の傍についていた。 『パパは大丈夫なの?』 不安そうな浬や昶の気持ちを考えると、幼い心に負担をかけたくなく、大丈夫だよ、と答えることしか出来なかった。 まだ、現段階では山場は越えたと言っても、いつ、目を覚ましてくれるのかわからないのだ。でも、この人は絶対に帰ってきてくれる、という根拠の無い自信だけはあった。まだ、幼く可愛い子供たちだっているんだから…… 樹は子供たちを可愛がってくれていた。ICUに子供たちが来て声をかけたら、目覚めてくれるかもしれない、と思いつつも緊急救命救急のICUには子供たちは入れない。だからといって録音した子供たちの声を聞かせることも出来る状態ではない。携帯の持ち込みすら出来ないからだ。入口付近にあるロッカーに荷物は預けなければならない。救命装置の誤作動を防ぐためだ。僕はただ、声を抑えながら声をかけつつ、手を握り、早く目覚めてくれることを祈ることしか出来ない状態だ。 「……笹山さん……本当に僕が役に立っているのかわかりませんが、1日も早く目覚めて欲しい気持ちだけは揺るぎません。笹山さんも心配でしょうけど、休める時は休んでください。」 「それは雅さんだって同じでしょう?顔色が良くないわよ?」 「……僕にできることなんて限られてますから……今は少しでも傍にいることしか出来ないから……もどかしいものですね……」 そう言って俯くことしか出来ない。情けないことだけど、僕は樹が目覚めることを願うことしか出来ない。毎日病室に通って声をかけることしか出来ないのだ。 子供たちの世話をしながら、仕事はICUにいる時に頭の中である程度構成させて自宅でまとめる。時間短縮と同時に、ある程度の資料も頭の中に入っている。これまでの仕事の集大成になっているのかもしれない。 きっとこれまでの努力も無駄ではなかったのだと思う。 事故から1週間が過ぎて、ICUへ入ると変化の兆しが見え始めた。 呼吸用のパイプも外され、自発呼吸もできていて、バイタルも安定してきているが、ただ、意識が戻らない状態でいた。 それだけでも、僕にとっての心の負担がかなり減った。あとは固く閉ざされた眸が開いてくれることを願うばかりだ。 そんな生活が3週間続いたのだった。

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