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第109話(樹目線)

━━━━ 一体どういうことだ? 状況が呑み込めない。目の前にいるのは間違いなく幼い頃の自分自身だ。生き写しが実態化してそこにいた。そして同じくらい上質の‪α‬だということもわかる、わかるのだが…… 目の前の『(かいり) 』は今は整形で包帯で覆われた顔を見ても動じる気配はなく、とてもまもなく6歳を迎えると言うにはお世辞にも幼くなく、どこか大人びた表情で落ち着きを放っている。 「……ケガ、大したことなかったらしいね、良かったじゃん。でもぼくらのこと覚えてないんだよね? それならさ、ひとつ提案があるんだけど、今度ぼくのお願い聞いてくんない?」 浬は少し不機嫌そうな顔をしながらそう言った。チラチラと雅の動きを探っている。どうやらこの雅のいる前では言いづらいらしい。ベッドサイドでボソッっと伝えてきた。雅は『(あきら)』と呼ばれる幼子の興味津々に動き回る様子に気持ちが向いていたから今のは聞こえてない様子だった。 「今は言えないのか?雅は聞いてないぞ?」 聞き返してみる。さらにベッドの耳元で浬は囁くように、他には聞こえないような小さな声で 「もう1回雅さんを噛んで番を解消してよ。あの人を解放してあげてくんない?」 予想外の言葉が囁かれた。 ━━━━━━雅が番? この子達の母親が雅だとしたら辻褄は合う。このΩがオレを誘って既成事実を作ったとでも言うのだろうか?それにしては浬は『雅さん』と呼んでいた。母親を呼ぶ呼び方では無い。 ではこの子たちの母親は何をしてるのだろう? そんな疑問が浮かんでくるが、同居したり子供たちの世話をしてることを考えれば母親である可能性が高いが、そのΩがたまたま家政婦の仕事を求めてうちにいるのなら納得も出来る。オレ1人では子供たちの世話はできないだろう。 たまたま都合のいいΩが目の前にいた、それだけの事では無いだろうか?でもそれなら何故、βやΩの女ではなくΩの“男”なのだろうか?『レア種』だからか?そんな理由で同居までするか?思い出そうとすると頭が痛い。 「…で、どうなの?それすら覚えてないんでしょ?早ければ早い方がぼくはいいと思うんだけど?だって興味すらないんでしょ?お互い自由になって新しい人と仲良く出来た方が幸せになれると思わない?あなたも縛られない人生を送れた方が楽でしょ?」 何かを企んでるような表情に少しゾッとした。オレがこの年齢の頃はどんな子供だった?ここまで擦れてなかったと思う。『解放してあげて』とはどういう意味なのか?6歳児には無謀かもしれない返答をしてしまう。 「その話、もっと細かく説明してくんないとわかんないんだけど?オレはあの人から番だなんて聞いてねぇし、だいたい名前で呼んでるってことは母親じゃねぇんだろ?」 浬はバツの悪そうな表情(かお)をして 「……あの人だよ、オレたちを産んだのは。でも、記憶にないんだったらその方が残酷じゃん」 と告げた。こいつの遺伝子は間違いなくオレだ。なのに、両親を引き裂こうとするこの息子の意図はどこにあるんだ? 「……で、その後お前たちはどうするんだ?」 「雅さんのとこに行きます。ぼくも昶もあの人のとこで子供モデルもやってるんで別々に生活するのは無意味なんで。ちゃんと自立した人なんですよ、あの人は。あなたが養わなくてもね」 何故この息子は敵意丸出しでこんな提案をしてくるのだろう……?子供の言葉とは思えない生意気な口調が何か癇に障る。 見た目がオレのくせに母親を母親と呼ばないこの子供が何を考えているのか、全く掴めないでいた。この子供の言う『解放』と『縛られた』とは一体なんのことなのか……? 「……話はそれだけか?」 コクンと頷く小さな頭。 「……で?その目的はなんだ?」 「あなたが否定したんでしょ?あの人の存在を。そんなのは『唯一無二』じゃない。だったらさっさと離れてお互いの幸せを見つけた方がいい」 生意気な言葉にフッと笑みが漏れた、と言うより鼻で笑ってしまった。 「ガキが、バカか。男が自律してんのは当たり前のことだ。たとえΩであったってしてる奴はしてるだろうよ。おまえ、この入院生活の中でどれだけオレが暇だったか知らねーだろ。家の間取り図から何から見てんだよ、あんな馬鹿でけぇ家にひとりぼっちになれってか?それともオレに出てけって話か?そんな話はどっちでもいいんだけどさ、オレだって知りてぇんだよ、本当に『唯一無二』なのかどうかをさ」 「……無責任すぎる……」 「言ってくれるねぇ。このクソ生意気なガキンチョが!!おまえのその勝気はどっから来てんの?オレがおまえくらいの頃だって仕事してたけどそんなに生意気じゃなかったぞ?」 目の前でよちよち歩く『昶』の後を追いかけてるあの男にそこまでの勝気さは感じない。ちょくちょく感じるこの違和感はなんなんだろうか?この目の前のオレのコピーが何を考えてるのか?頭が痛くなるくらいよく似てる。というか、もうそのものだ。 やっと歩くことに満足した昶を抱えて 「なんの話しをしてたんですか?」 とニコニコと語りかけてきて拍子抜けしてしまうが、「大した話じゃない」と告げるとそうですか、とあっさり引く。 『今度は僕が待つ番ですね、ゆっくりと何年かかったっていい、戻らなくてもいい。これからのことをゆっくり考えていきましょ』 少し寂しげにそう言った言葉の意味がわからない。そのモヤモヤが常に付きまとってイライラする。その正体をつかみたくて仕方がない。 『運命の番』ならそれを証明する何かが欲しい。目の前の子供の数だけではない、自分自身の気持ちだ。待つ番とは何なのか、今度は、の意味を。どうしてそんなに寂しげに微笑む、その理由を。目覚めた時から意識はしてる。ただ、意識はしている。他人にそこまで興味はない自分が、だ。その理由はこの目の前にいる雅の匂いが原因だと。こいつの放つ匂いが気になって仕方ない。甘くて強いカサブランカのようなその香りを纏った香水とも違う匂い。 「おい、コピー、まだおまえの意見に従うわけにはいかないな。オレはオレの目で確認したいことがいくつかある。それが全否定になったら承諾してもいい。でも、そうじゃなかった時は従わない。おまえに指図はされないよ」 そう伝えると目の前のクソガキは苦虫を噛み潰したような表情をしやがった。

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