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第110話(From,KAIRI)

目の前のバカ親父は10年という時間を忘れてるにも関わらずこちらの提案に乗ってこない。 作戦失敗だ。顔は包帯だらけでミイラみたいな状態のくせに、その目だけ見えていて、その目がぼくに喧嘩を売ってきた。見下すような冷めた視線で。名前を呼ぶどころか、ガキだの、コピーだのと言ってくる始末。 「……はぁ……ばっかじゃねーの……」 と大きなため息と共に漏れる言葉を聞き逃さなかったのはあの男じゃなかった。 「どうしたの?浬?」 キョトンと開かれる大きな眸は昶を抱えたまま傾げられる。この人のそんな仕草にムズムズする。なんで平気そうな顔してんのか、と。 こんな奴に縛られてるこの人が可哀想だと。 ぼくの周りにはΩはこの人しか存在しない。幼稚園からエスカレーター式に上がっていくぼくの学校はα御用達の学校だ。それなりの費用がかかるから富裕層の子供が大半で、その殆どがαだ。今度の春から小学部に上がるぼくや夢妃ちゃんは生まれ持ってのαだし、昶も妃那もαで間違いないだろう。幼稚園で見る顔がテレビの向こうにいることも珍しくなく、それは自分にも言えたことでTVCMでぼくらは使われてるんだから当然のように流れていく。 ぼくの見える世界が全てではないことくらい経験の浅いぼくでも知っている。 それでもあの人の中にはこの男しか見えないのか?と言うくらい献身的に世話をしている。番ってしまったからには、他のαを受け付けないことくらい知ってはいる。でもこの男のそばにいたら発情期が辛くなるのもこの人だ。 だから解放してやれ、そう言った。 ぼくがこの人の支えになればいい。 それでも役不足なのはわかってる。まだぼくが幼すぎることくらい100も承知だ。でも、ぼくの世界を彩っているのはこの人だけなんだ。 産みの親だからなんだ?ぼくの遺伝子の大半は目の前の記憶喪失男のものだ。あの男と同じ容姿になれたことには感謝する。この人の好きな顔だと思えばそれだけで嬉しくなる反面、どうしてぼくではダメなのか、と虚しくなる。 手を伸ばせばその手を優しく取ってくれる。そして微笑んでくれる。その優しさだけでは不満になってきたのはいつからだろう? 弟が出来た後、ぼくだけの視線が弟にも注がれる。仕方ないことだと思えば思うほど、ただの子供扱いされてる気がしてならなくなる。この人からしたら確かにぼくは子供で、まだ小学生にすらなってない未熟な人間だ。 どれだけ手を伸ばしたら、ぼくの本気に気づいてくれるの? どれだけ願えば、あなたはぼくのものになるの? 物理的に手を伸ばせば手は届いてるけど、心の距離は埋められない。あの人はぼくをぼくとは違う理由で愛してくれているのは知っている。 それはぼくの求める『愛』とは違う。 イケナイこと、だということだってわかってるけど、ぼくは目の前のこの人が好きで好きで仕方がない。実の父親以上に想ってる、と自負してる。記憶のない今がチャンスだと思った。 でも、確認したいことがあるというあの男は何を確認するというのだろう?簡単に忘れてしまうような『唯一無二』なら、それはもう『唯一無二』ではないのではないか?とぼくは思う。 「会えるようになったからお見舞いに行こう」 そう微笑むあの人の心がどれだけ傷ついているのかすら気づけない男に『今度は僕が待つ番だから』と言いながら寂しそうに微笑む。 その理由をぼくは知らない。知りたくもない。 でも、本当に囚われているのは誰なんだろう? もしかしたらそれはぼくの方かもしれない。 あの男が確かめたいことが全て裏切られればいいのに…… そう願わずにはいられない。そんなぼくは、やはり『器の小さい子供』なのだろうか?締め付けられるような胸の痛みと共に、2人が会話しているのを見上げた。

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