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第114話
「まだ起きてたんですか?」
お風呂から上がってくると樹がソファに座って難しい顔をしていた。病院ならとっくに消灯時間が過ぎてる時間だから寝てると思った。
「……寝室、案内されてない。どこで寝ればいい?」
長いその足を組み、その上で頬杖をついて不貞腐れてるその人を見た。
「はい?だって間取り図、入院中に覚えたんじゃないんですか?」
仕方ないなぁ……なんかご機嫌ななめだ。クスリと笑ってその手を引いて立ち上がらせた。
「こっちですよ、ついてきてください」
手を引いて歩く。寝室のドアを開けると電気がついていた。
「あれ?電気つけっぱなし?」
「じゃなくて、一人で寝るには広すぎる!!」
――はい?なに?ツンデレ?
キョトンとする僕の横で拗ねてる……?
「添い寝して欲しいんですか?」
「…違う!!一緒に寝てたんじゃないのかよ?」
困ったなぁ…一緒でも別でもいいんだけど…
「わかりました。先にお布団に入っててください。僕は薬を飲んできます」
その言葉が引っかかたみたいで
「どっか悪いのか?」
と不安げな表情で覗き込まれてしまう。だからいつもの様に微笑んで
「違いますよ。僕はΩだから飲まないとダメなんです。」
「抑制剤なんて発情が始まってから効くもんだろ」
「ん〜……ちょっと違うかな。僕の場合はそれからじゃ効かないんですよ。薬が効きにくい体質なんで、前もって準備しておかないといけないんです。だから来週は別々です。」
発情期に同じベッドで隣で眠るなんて、なんて残酷なこと言うんです?僕はあなたの番なんですよ?僕にとっての『唯一』なんですから
「は?なんでだよ」
そうやって僕を困らせないでください
「だって、あなたに間違いがあったら困りますから。『運命の番』の為に清廉潔白でいたいんでしょう?僕は魔性ですから」
ふふっと微笑んでみせる。が、本当は僕が負けてしまいそうだから。近くで寝るなんて拷問以外の何物でもない。
「魔性ねぇ。あんたには似合わない言葉だな」
今のあなたから見たら僕は年上の存在でしょ?なんでそんな不安そうな表情をするの?本当は抑制剤なんかじゃ隠しきれない僕の匂い。僕は僕の欲を隠しきる自信がない。
「なんとでも。ご想像にお任せします」
今日の分の薬を仕事部屋に取りに行き、キッチンへ足早に向かう。手のひらに4錠の薬。今回は強めに出してもらってる処方だ。ピルも含めてそれを口に放り込んで常温の水で流し込む。
「……嫌な体質」
シンクに手をついてため息を漏らす。こんな時じゃなきゃ弱音は吐けない。今だって同じベッドに入るなんて拷問に近い。近くにいるのに触れられない、距離が近ければ近いほど僕の隠し事が剥がされていきそうな気がしてならない。僕は樹を試してる。樹の言う『運命の番』『唯一無二』が本当に僕なのかどうかを。僕が心を壊してしまった時、『唯一』頼れたα。でも本当にこれが正解なのか、を僕は思いあぐねいていた。
「……なんで僕は……こんななんだろ……」
大きく息を吐き出して落ちてく気持ちを浮上させる。落ち込んでる場合じゃない。落ち込むにはまだ早い。軽く頬を叩き、気合を入れて部屋の電気を消しながら子供たちが寝ていることも確認して寝室に向かう。寝室に入ると定位置でスマホをいじっている樹がいた。
「電気消します?」
「あぁ、そうだな」
スマホから手を離しゴロンと横になる電気を絞ってその横に滑り込む。薄暗い部屋に一緒に眠るのは本当に久しぶりだ。樹が帰ってきたのも、こうやって並んで眠るのも、ただいつものように触れ合ったりキスしたり、の甘い時間が流れるわけがない……そう思っていた。
「……なぁ……なんで本当の事を言わないんだ?あんたにとってのオレってなに?」
これまた答えにくい質問を投げかけてくるものだ。でも、正直に答えたいと思った。
「……『唯一』かな。僕にとっては最初で最後の人。だからあなたの『唯一無二』が現れたら遠慮なく言って。チョーカーも外すから……さよならって言って噛んで欲しい」
呆れたような大きなため息をついた樹がしっかりとした口調で、ゆっくりと口を開く。
「……なんか、勝手だな。過去より未来を作ればいいって言ったよな?少なくてもそこになんであんたを省く必要があんの?子供たちの親だろうが。過去のオレが子供産ませといて捨てるって何?オレってそんな風に見られてんの?」
思いもしなかったことに目を丸くして固まってしまうが、否定しなければ、と出た言葉は
「……ち、違っ!!」
「違わないだろ。なぁ、ちょっと直接あんたの匂い嗅がせてよ。この部屋もベッドもあんたの匂いで溢れてる。間接的じゃなくて直接嗅ぎたい」
ベッドに1人で嫌だったのは、僕の匂いだけ、というのが嫌だったのだろうか?と淡い期待を持ってしまう。けれどそれを否定された時に傷つくのは他でもない僕だ。期待しちゃいけない、上に体重をかけなように乗られてこうやって見下ろされるのはいつぶりだろう。なんだか少しだけ照れてしまう。照れ隠しに横を向いてしまったのが隙を与えてしまった。覆いかぶさった顔だけが耳の後の首筋に顔を寄せられ直接耳の後ろあたりの空気を思いっきり吸い込まれてその空気の振動にビクッと体が震えてしまう。まだ発情期じゃないし、薬も強めのを飲んでるからからそんなには匂いはしないはず、と思いつつ横目で様子を伺うと、ベッドに顔を押さえつけた樹が悶えていた。
「やっべ……理性飛びそう……ねぇ、発情期、早めない?」
「……は?……え?!……はぁ?!!また?」
「……あ?……また、って何?」
その『また』という発言に不機嫌な声を上げる。もうこれは白旗をあげるしかない。この人は失った記憶の欠片を拾い集めたくて僕を呼んだのもあるのだろう。中途半端に記憶が抜け落ちたせいで、この人も不安で仕方ない、というのが伝わってくる。それはそうだ。この10年は本当に色々ありすぎた。出来れば見なくてもいい部分は、そこに蓋を閉めてあげたい。
「あ……え、っと、ですね。初めての時にですね、フェロモンに引きずられたというか……」
「…あ〜、その学校での授業とか聞いたわけだ」
コクコクと頷いた。そして最初の馴れ初めから、樹との最初のきっかけから何から全て白状させられることになってしまった。
「……あんた、それでよく黙ってたな。この結果になってる原因は全部オレじゃんか。それでよく解除しろとか言えたな。『唯一』とか言いつつオレは『信用』されてなかったわけ?それでもし、そんなことがあったとしたら、あんたの人生壊すとこだったわ。それにオレの人生も真っ暗だよ。解除した自分に後悔だけして生きてくしかねぇじゃん」
深くため息をつかれてしまった。抱きしめる腕に力が入る。
「もう、1人で抱え込もうとすんな!確かに今のオレじゃ頼りないかもしれないけどさ……」
「そ……そんなことない……」
「あんたの優しさに漬け込んでるのはオレの方だ。事故のあったってドラマ見たけど、オレがオレじゃなかったみたいだった。キャラを作るのは簡単かもしれない。でも、感性や視点が違えば同じ演技を継続することなんて出来ない。出会って、愛しいと思えて、好きになって、守るものができていい事ばかりじゃなかったんだろうな……演技が……こう、なんて言うのかな、違うんだよ」
樹の言いたいことは大体はわかる。いつも台本を手にしてる人だから自分の正直な気持ちを伝えるのも本来の彼はあまり上手ではなかったのかもしれない。だから体当たりで来たのか、と納得する部分もある。樹は演技の上で、人を愛することを学んできた。僕はそこから目を背けていた。その差は大きく、樹が感じ取った『唯一無二』『運命の番』を感じることはなく、何かに心を動かされていたとしても、それは勘違いだと真っ向から否定していたのだと思う。
けれど樹はそんな僕と向き合ってくれている。記憶や何かが思い出している訳では無い。それこそ本能のままに、樹の細胞が訴えかけている。その事実が嬉しくて仕方ない僕もいた。
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