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第116話

ど……どうしよう…… 発情期(ヒート)まであとわずかの日数なのに、それを待たずして身体を重ねたい気持ちが溢れてきそう……というか、樹は記憶のないまま本能で自分を求めてくれている、ということが泣きそうなくらいに嬉しかった。 でも、まだ少し日数がある。でも、あと数日だ。待て、が我慢できない犬みたいな気分だ。 『発情期早めてみる?』 強制的に発情を促すことは、αにはできるし、番であればなおさらに効果のある事だ。初回には聞かれなかった言葉だが、僕の匂いに発情の兆しを見せた樹だったが、待つか待たないか、で戦っているのは樹の表情を見てればわかる。 たぶん、僕がGOサインを出せば間違いなくαのフェロモンで僕が誘発されることは間違いないだろう。微かだが、我慢しきれずに流れ出ている樹のフェロモンの匂いがその証拠だろう。抱き込まれているからなおさらに感じるその匂いに誘発されてしまいそうでもある。あの事故直後から目覚めるまでの恐怖があるからこそ、こうして体温を感じているだけでも僕にとってはものすごく幸せを感じてしまう。 そういう僕だって、樹には辛い思いをさせた。 身に起きたことが辛すぎて僕は心を閉ざした。生きるための最低限のことしか出来なくなった。寝る、起きる、食べさせてもらう、水分を取らせてもらう、排泄は赤ん坊と同じで紙おむつ。生きた屍のような状態が半年も続いたのたというのに、根気強く僕を支え続けてくれた。その期間に比べたら、まだ半分の月日しか経ってない。これから先だって戻る保証があるわけでもない。だからこそ『これから』を大事にしていきたいと思う。 ここにいていいと言ってくれた。10年分の記憶がなくても、なくした10年の間になにがあったのかを考えてくれている。それがすごく嬉しいことなのだと教えてくれる。この人が必要としてくれるなら、僕はそのままの気持ちで接していけるし、子供たちも両親揃って育てていくことができる。表では一緒に行動出来なくても、今日の帰宅した時の昶の様子を見てもそうだ。父親が退院して自宅にいることをとても喜んでいた。ひとつ気がかりなのは、顔も性格もよく似た樹と浬の2人の微妙な距離感だ。樹が記憶を失ってからの浬の様子が一変したことが少し気掛かりではあった。 元々浬には年齢の割にしっかりとしすぎている部分がある。口調にしても、態度にしても、だ。僕を1人の人間として見てくれてるのはいいとしても、僕は彼を産み落とした親だ。その親としての権限が危うくなっている。というのもまずは、ずっと「ママ」と呼んでいたのに、急に「雅さん」と呼び出した訳もわからない。あの子なりのなにかのアピールなのかもしれないが、もし仮にそうだとしたらあの子は人一倍早く大人になることを望んでいるのかもしれない。その理由が僕に向いているとしたら、決して許されることでは無い。幼いうちからメディアに出してしまったことも悪かったのかもしれない。芸能人や著名人の子供が通うαが多いエスカレーター式の私立に入れたこともその問題を大きくさせてしまった要因なのだろうが、父親が芸能人という時点で普通の公立に入れることは選択肢の中にはないも同然だった。 βとαが大半のその学校に通うΩはほとんどいないだろう。女の子が初潮を迎えるよりは遅いけれど、Ωには発情期(ヒート)が遅かれ早かれやってくる。その時に周りがαだらけならそのフェロモンで大変なことになってしまうのは本人も親であればなおさらに避けたい自体だろう。3歳児健診でその性別がわかるのだから、小学校に上がる頃には親も本人も性別がわかっているはずだ。 わかっている限りで現状、浬の身近にいるΩは親である僕だけだ。狭い世界しか見ないまま成長してはいけないことだと思うし、少なくても大山はβではあるが、考え方はαに近い。もっと広い視野で正しい道へ浬の将来を軌道修正してあげなければならない、と思う。樹側の祖母のΩは孫を積極的に可愛がるタイプではないし、うちの親にしたってβで従姉の:咲葉(さきは)にしてもαだし、樹の兄弟とは滅多に会うことはないが、従兄弟たちもαだし、その親である妻や愛人たちも表立って出てくることは無いので、その子供がその妻の子供かどうかも不明だ。αがΩを番に持つことは多いが、正妻とは限らない。跡取りを産ませるための道具にされることが多いからだ。それでもΩにとって番こそが『唯一』になってしまうのだから、番の間はその相手にしか触れられない。子供の産めなくなったΩは用済みと番を解除されてしまうことだってある。だからこそ確実な『愛』が欲しかった。 今、その葛藤をしている僕の『唯一』の人は、色んな意味で僕を大切にしてくれている。薬を飲み始めた日数を数えてみる。その人が求めてくれるなら、それに応えてあげたい気持ちもあるのは事実だ。今度は僕からキスを仕掛けて 「……本当に僕があなたの『唯一無二』なのか確認してみる?」 樹は一瞬戸惑いの色を浮かべたが、僕からのGOサインと読み取りフェロモンを放出させた。 躰が引きずられていくのがわかる 「あっ……あぁ…っっ……」 甘く、苦しいあの時の感覚が久々に蘇る。声が漏れ出てしまうと同時に僕からもフェロモンが引きずり出されると大きく息を吸い込んだ樹が喉元に顔を埋めパジャマの裾から手が入り込んできた。

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