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第123話

「……び……雅、時間だよ……」 なんて心地いい声色だろう……この声に包まれたまままだ、惰眠を貪りたい気分だが、その声は時間だ、と言った。 ――時間……なんの時間だろう……? 少しずつ意識が覚醒していくと脳が現実がきちんと、何の為に起きなければならないのかを伝えてくる。けれど、何故声色に笑みが含まれているのだろう?と疑問に思っていると、少し硬いが柔らかいものを掴んでいることに気付く。が、重たい瞼をゆっくりと持ち上げた目の前には『真っ白い』もの…… 「……枕?……」 「…くっ、くくくっ……そ、オレの。そんなに匂いが恋しかった?『Ωの巣作り』って1度見てみたかったんだけど、発情期( ヒート)の時にしか見られないからね。だからといってオレのものを勝手に持ち出されて他の誰かにやられるっていうのも気持ち悪いし、あんたはしたことなさそうだったから、なぁんか新鮮。巣作りにはほど遠いけど、そんな風に求められるっていうのも悪くないね。まぁ、人は選ぶけど。」 抱き枕なんてしなくても、オレいるんだし実物を抱きしめながら寝ても良かったのに、と冗談を言っているが、2人して寝てしまったらミーティングの時間を寝過ごしてしまう可能性が高い。下手すれば子供のお迎え時間だって。 ――いや、違う。今はそこじゃない。 ゆっくりと起き上がって、自分の寝ていた場所を振り返る。枕を抱きしめながら眠っていたこと、その匂いに安堵していたこと、その匂いの主が目の前で嬉しそうな表情をしながらも、必死に笑いに耐えてること。数秒のことなのに、眠っていた時間を考えると……一気に頭に血が昇っていく感覚と共に顔が熱く火照る。 軽く開いた口を閉じることが出来ない。わなわなと口を震わす、なんて言葉は聞いたことがあるけれど、自分がそんな状況に陥るとは思ってもみたこともない。恥ずかしい、なんてレベルの話ではなかった。確かに発情期に入っている。『巣作り』もしたことはないが、知識くらいは持っている。確かに、その必要もなかったし、僕にとってはこの目の前の男はそんな寂しい時間を与えるようなことは無かった。 確かに彼の入院中に発情期は来たが、精神的にも不安定なのもあり、薬を強めにしてやり過ごせた。過去の入院の時に効果のあったものと聞いていたから、なんの問題もなく過ごせた。 そんなことよりも、樹が目覚めるのか、という不安と、目が覚めてからは、樹の気持ちが変わっていないか、という不安の方が大きかったし、そんなことを考える余裕自体がなかった。 冷たい手が頬を撫でる。その手の気持ちよさと居た堪れない気持ちがない混ぜになり複雑な表情をしていたのだろう。 「そんな不安そうな顔しなくても、オレは嬉しかったよ?誰でもいいってわけじゃないし。それに、そんなに真っ赤になっちゃって……くっくっくっ……か〜わぁいい」 その言葉にさらに赤くなってしまい、これからミーティングだと言うのに引く気配がない。 「………あぁ、もう!!顔洗ってきます……」 ミーティング開始時間まであと10分……もう、赤みが残ってても仕方ない、けど、少しくらいは冷やしたい気持ちで洗面所へ向かった。 やっぱり、ミーティングの為にパソコンを繋げると、顔の赤みについて勘ぐられた。 『熱があるの?』 『体調悪くない?大丈夫?』 『発情期に入った?』 「……皆さんセクハラで労基に訴えますよ?」 『体調悪いなら早めに切り上げようって気遣いじゃん、セクハラってなによ?』 『そうそう。そんな赤い顔してるし、なんか画面越しでも色気垂れ流してるし』 『私たちがセクハラなら、あんたのその顔の方がよっぽどセクハラだわ』 ――言いたい放題言いやがって……イラッ 『で、なに?発情期入ったの?それともいたしてる最中に呼び出しちゃった?』 『あ、それはセクハラ発言に入っちゃうよ?』 『あ……そっか。でも間違いなくヒート起こしてるよね?』 「……はい。それは否定しませんけど、邪推なことは思い浮かべないでくださいね〜」 『でもいいよね〜、杉本くんってあの嶺岸樹のパートナーなんでしょ?杉本くん自体も企画見てるとハイスペックだけど、お相手までハイスペックなαって、ちょっと羨ましいよね〜』 『はいはい、ハイスペックなパートナーに選ばれる為にキミたちもハイスペックになろうね』 と社長が会議の雑談を止めに入ってくれたのは良かったのだが…… ――本当に居た堪れない。誰か助けて…… そんな思いのまま、ミーティングがスタートした。

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