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第128話

目が覚めた時の言葉と、それを受けた雅の凍りついたような表情を思い出す。 本当に可哀想なことを言ってしまったと思う。 眠ってた時ですら、その匂いを感じとっていたのに、自分の立ち位置がそれを邪魔をした。最初に目に入ったのはマネージャーのマサミさんその横に10年前には知らなかった人…… だけど失った10年の間に自分か選んだ自分が追い求めた『唯一無二』の存在の人だった。 『唯一無二』以外はいらない、と思っていたから、抗えないような誘いを受けるような近付き方はしないし、発情期のΩに気づいた時点でα用の抑制剤を飲む。用心に用心を重ねていた。 だから雅の存在を徐々に知っていくと、行動を起こしたのは自分からだった。発情期じゃなくても雅の匂いをずっと感じていた。すごく好みの匂いだと今でも感じる。強引に発情させた時も2回目だと言った。2回目は一応、許可は取ったのだが…… βのマサミさんに聞いても発情期以外に匂いを感じることはほぼない。薬で徹底して抑えてる発情期ですらβには感じない匂いだと言うが、αにはうっすら感じる人もいる、というのが浬だ。少なくても浬はセックスの痕跡まで口を出してきた。あれは異常だとも言える。 マサミさんが言うには最初に発情させた時と、子供を作る時に薬を飲まなかった時の雅の匂いしか嗅いだ記憶が無い、という。さすがのマサミさんも移り香で 『あたしですら変な気分になるから、注意しなさいよ?』 と言ってきたくらいだったそうだから、Ωのフェロモンも侮れない。 ちょうど発情期の終わりかけの今日、白石家族が家に訪問する予定になっている。これは樹が提案して、雅が取り付けた約束だ。 フェロモンについても確認したかったし、あの人たちなら雅が話さないことも話してくれる気がした。確証も何もないが、大山が泣きながら謝ったという記憶の断片からなにか聞き出せるかもしれない。 ただ、それは大山にとっても自分にとってもいいことではないかもしれないが。 「……わかりました。いつ頃から仕事再開の予定でスケジュール組んでますか?」 「2週間後くらいかしら?来週、雅さん発情期入るでしょ?その後の方がいいと思って」 雅のスケジュールまで押えてるとはさすがだ、としか言えないのだが、そこでぐっと言葉が詰まる。敏感に察知したのは目の前の人だ。 「……あなた、まさか……またやらかしたの?」 ――前の時もご存知でしたか…… 「……あ〜、はい。匂いが気になりすぎて……」 「今回はちゃんと許可とったんでしょうね?」 「取りましたよ。毎晩責任も取ってます……」 「当たり前でしょ!!あの子が発情期に入ったら治められるのは貴方しかいないんだから……なんでこう毎回節操なしになるのかしら……雅さん限定なのは褒められるとこだけど、お医者さんとちゃんと相談しなきゃダメよ?」 「相談?」 「そうよ、あの子はホイホイ妊娠出来る子じゃないんだから。時期を誤ると今度こそ命を落とすか寝たきりになっちゃうんだからね?」 急にぶっ込まれた寒気がするようなセリフに、いかに自分が軽率だったかを思い知らされる。そんなギャンブルのような衝動に付き合ってくれた雅の愛情の深さを思い知らされる。 それと同時に雅にとってギャンブルであったであろう要求を飲むのも、樹が言うのもなんだが自分を大切にして欲しい気持ちが入り交じり複雑な気持ちになる。 「ほんと、樹は愛されてるわね。雅さんを大事にしなさいよ?あんたのわがままをあんなに聞いてくれる人なんていないんだからね?」 「……わかってるよ、それは身に染みてる。」 たった今、寒気がするような言葉を浴びせたのはマネージャーであるこの人だ。失うことなど考えたこともなかった。目の前の日常が如何に平和で平穏なことなのかを思い知らされた。

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