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第132話
「まずは私から先に謝らせてください」
大山が思い詰めた顔で樹の前に立つ。
「あの日の朝、あの日だけではありませんでしたが、あの頃の私達はかなりのハードスケジュールを組んでいました。プレゼンから撮影からほとんどが外回りになっていたんです。朝は車で迎えに行って、あたしも化粧を車の中でするくらいのスケジュールの組み方で、寝る時間も十分確保出来てたとは、はっきりいって言えません、そんな状態でした。
そんな忙しさの中、うっすらあの日は匂いを感じていたんです。感じていたけど、自分が好きな匂いだったから、気付かないフリをしてしまいました。そして忙しいあまりに危機管理を怠りました。私の責任です。
あの日はただでさえスケジュールがタイトで分刻みであったにも関わらず、先の現場の演者が遅れてきてしまって、あとの現場の方からスタートさせていたんですが、途中で二手に別れての撮影になってしまいました。
Ωの身の安全を守るためにパートナー制度を取っている会社のはずなのに、Ωを守るどころか、危険に晒してしまいました。こちらの撮影が先に終わる予定でしたが思った以上にNGの連発で遅くなってしまいました。
現場が解散して、杉本のところに戻った時には数人のスタッフは片付けをしていたのですが、演者の子供がお兄さん、いい匂いしてた、と言われたのと、他のスタッフに呼び出されて外に出たと聞いて……
聞き込んで聞き込んでようやく居場所を見つけた時には、発情状態になった杉本が……泣いていました。私はひたすら謝りました。そんなことで傷ついた杉本が楽になれるわけではないのに……
見つけた時には……杉本はボロボロの状態でした。まだ、その時には話はできたんです。でも、Ωのフェロモンってこんなにすごいんだ、ということを知りました。
部屋に踏み込んだ時、私でもその匂いに引きずられるかと思いましたが目の前の状況が、そんな場合ではありませんでした。
とにかく救急車に乗せて何度も謝りました。彼は私を攻めませんでした……けれど……病院で治療に入ったら……」
そこで頭を下げて滴る雫を見ると涙を流してるようだった。先日脳裏浮かんだ姿によく似ている、と思った。無表情のままその話を黙って聞く。
「……補足な。確かに雅くんにとって辛いことが起こった。ついでに言えばうちの那恵も同じ目にあってる。当時、私とあんたで全員社会的に抹殺した上で会社も潰した。
辛い話になると思うけど、雅くんは5人の撮影スタッフの5人のαに輪姦されて心を壊した。彼はあんたしか知らないぴゅあぴゅあなΩだったし、あんたが居なきゃ処女をそいつらに捧げてたことになる。ウチのに落ち度があるのは十分にわかってる。雅くんが現実逃避してた期間が半年だ。
その間、話せない自力で何も出来ない赤ん坊みたいな……まだ赤ん坊の方が感情があるな、感情も何もかもを放棄した状態で、医師であろうが看護師であろうが姪っ子だろうがαだと本能で分かると酷く脅えて発狂するんだよ。
でも不思議なことにあんただけは特別だった。近づいても安心しきった状態。だからそれまで付きっきりで面会にいってたのは、ウチのと彼の母親。2人ともβだから拒否反応は出なかった。最初のうちはあんたですら見舞いに行っても距離をとって見てただけだったって話だよ。
記憶が戻らなきゃ確認出来ないけど、拒否られるのが怖かったのか、発狂させたくなかったのか、今のあんたならどちらだと思う?」
なかなかに意地悪な質問をなげかけてくる。
「想像もしたくないですけどね。両方の気持ちにはなりますかね。近付いて拒否されたらオレだってそれなりにショックだろうし、αを拒否するなら安静にしてて欲しい気持ちだってありますよ……その時に合わせた最善を選びます」
「優等生すぎる回答だな。でもあんたは選ばれたわけだ。『運命』を信じないわけじゃないんだけど、『運命の番』ってのは本当にすごいんだな、とは思わされたわ。
あたしは那恵に『運命』を感じたクチだから、αとΩの繋がりはわからないけどな。それぞれの人生だから、あんたたちはそれでいいし、あたしたちもこの形が最善なんだよ」
「……あの……那恵さん……オレ……以前……」
樹は一瞬言葉を切ってから少し躊躇いを見せた
「……大変失礼なこと聞きますが、もしかして、以前もあなたにこうやって頭下げさせて泣かせたことあります?」
「あぁ〜?人の嫁を知らないとこで泣かしてたとはいい度胸だな、てめぇ!!」
そこに真っ先に口を挟んできたのは玉妃だった
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