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第142話

相手はΩの男性モデルということだけあり、同性カップル向けの撮影がメインになる、と聞いたのは白石の口からではなく別のスタッフからだった。ある程度の要求には対応は出来る。 スタジオに設置されたバックスクリーンの前で指示された場所に立つ。相手の川嶋は典型的なΩで小柄だ。身長も155cmくらいだろう。樹が手前に立っているから遠近法でさらに小さく見えるはずだ。 ペアルック、まではいかないが、少し似てるような似てないような微妙なデザインの差がある服装に身を包んでいる。待ち合わせに少し遅れてきた設定だ。樹は腕時計を確認する仕草、川嶋は樹を探すような仕草でゆっくりと首の角度を変えていく。シャッターの音とカメラマンやスタッフの声でポーズを変えていく。 後に入るであろう背景が決まっていて、そのシナリオ通りに行くということは、ストーリー的にCM撮影でも似たような流れになっていくような気がした。 「嶺岸さん!!うつむき加減で振り返りながら微笑んで愛しげに見つめながら川嶋さんに手を伸ばして、川嶋さんは目一杯嬉しそうに微笑んでその手を取って、うん、そのまま〜」 シャッターが連続できられていく。 「そのまま額を合わせて見つめあって〜笑って」 30cmも身長が違うと、相手も背伸び樹も背を丸めて屈まなくては額を合わすのは難しいだろう。手はカメラ側ではない手を頬に、反対側の手は表情がカメラに見えるように、下の方で手を繋ぐ。額を合わせて微笑み、気持ちを確認したように笑う。 次の要求は彼の身長に合わせて、抱き合うシーン、と言われカメラ側ではない肩に、樹は顎を乗せるようなイメージで抱き合うと互いの首筋に顔がある状態だ。 「……嶺岸さん、男らしいすごくいい匂いがしますね。パートナーさんが羨ましい……」 「別に今、フェロモンは出てないだろうし、誘った覚えもないんだけど?ちなみにどんな匂い?」 愛しい人を抱きしめてる、という表情を変えずにそう答えると 「どう表現したらいいんでしょうね……大人の男性がつけるフレグランスに似た匂いがあったと思うんです。爽やかでいて、甘い匂いですね。色で例えると青……かなぁ……」 「……そう……そういう匂いが好み?」 「そうですね。僕は嶺岸さんの香りすごく好きです。なんか『運命の番』が見つかった時ってこんな風に匂いを感じてドキドキしちゃうものなんですかね。すごく今が気持ちいいです……」 「……オレは何も感じてないな……首元に顔があるから微かに匂いはするのは確かだけど、川嶋くんの匂いに『運命』は感じないから、『運命の番』は他にいるんじゃないかな……」 表情そのままに淡々と話をしていた。大体からして匂いの系統が違うことから、人によって感じ方が違うにしても、少なくてもこのΩから感じる匂いは好みではない。 「何話してんの?いい雰囲気ならそのままキスしちゃう?」 ニヤニヤしながらスタッフがからかってくる。パッと手と躰を離して、川嶋から離れる。 「まず、OKなら先に言ってください。いつまで腰の痛くなるポーズ取らせてるんですか?確認ですけど、まず、それ、台本にあるんですか?台本にないことはしませんよ?台本通りにいってくださいね?」 「スチールの方にはないけど、CM撮影のシーンには入るかもね。すごくいい写真が撮れたから、世のΩから憧れられちゃうよ?社長にも確認とるけどやりたいなら入れるけど?」 「ぼ、僕はしたいです!!」 「オレはパスです。基本の台本通りで。最初からそんなことしてたら、オレはこれから何人とキスしなきゃならないんですか?クローバーのコンセプトがそういう方面に切り替わったのなら従いますが。ブランドコンセプトを壊すようなことになってもいいならご自由に」 そう言って写真の確認へ、パソコンモニターの前に座る。そこに白石がタイミングよく声をかけてくる。 「おう、嶺岸くぅーん、撮影の方はどうよ?」 不機嫌丸出しに画面を見ながら 「このカジュアルブランドでのCMはキスシーンぶっ込むそうですけど、路線変更するんです?」 白石の表情が曇る。伊達に長年白石の元でモデルをやってきてるわけではない。カジュアルにも色んなコンセプトがあって、それをデザイナーと営業と社長含めた重役が吟味してきている白石のいわばプライドの集大成だ。 「……聞いてないね。どういうこと?簡潔に説明してくれる?」 白石がスタッフに詰寄る。スチールでモニターの中の写真をスライドさせていってるものを見せて、雰囲気がいい、キスしても違和感ないからCMの方でやるかと声をかけたら、川嶋がしたい、と言ったことなどを矢継ぎ早に伝えていく。もちろん、嶺岸が台本なら仕方なし、台本にないならやらないと言ったことも。

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