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第151話

結局、CMまでの撮影まで済ますと4人中3人は眠ってしまった。浬だけが欠伸をしながらも厳しい目でその撮影を見つめていた。 けちょんけちょんに罵倒された川嶋はその後『KAITO』に声をかけようとはしなかった。 そのKAITOに延々と凝視されての撮影はさぞかし居心地の悪いことだったろう。 どうにか3本撮り終えて解散する、となった。樹は白石が飲みまくって空にした給水器を抱えて、浬もフラフラとしながらも自力で車に乗り込む。昶をチャイルドシートに寝かせて、雅も久しぶりの長丁場の現場に疲れを隠せないが、それ以上に疲れているのは樹だろう。 「浬、もう落ちてる。よっぽど眠かったんだろうな。」 「夕飯もロケ弁でしたからね。あの時の不機嫌な顔、撮影の時にはしないのに今日はなんでだろ」 「今日は子供たちの撮影じゃないからな。雅のご飯が食べたかったんだろ。ロケ弁よりずっと美味いからな」 樹がクスクスと笑う。本来なら現場ではなく家でのんびり過ごせたはずなのに。 「僕のはうちの家庭の味だよ。ほとんど母から教わった料理だからね。僕も番うなんて思ってなかったから、、母が食材を買ってきてくれて教えてくれたんだ。僕は樹以外のαを本当に受け付けない時期があったから……」 白石たちが言っていた事件のPTSDだろう。 まだ、完全に解決はしていない、という話だった。全てを失ってしまうと人は何をするかわからない。それまで培ってきたキャリアが役立てる場があればいいが、αとしてのプライドもあるだろう。 「……その時に1度ね、僕にそっくりなαが尋ねてきたことがあったんだ。樹とも面識があるようなことを言ってたけど……事故の前だから覚えてないよね。でもね、なんで僕と同じ顔をしてるのか今でも悩む時があるんだ。 よく言うじゃない?世の中には似てる人が3人いるって。そのうちの一人なのか、ドッペルゲンガーなのか、って。浬も産まれる前の話だから本当に随分前なんだけどね。」 その言葉に何かを思い出しかけるが、そこには靄がかかっていてはっきりと思い出すことは出来なかった。その時にも雅は脅えていたのだろうか?その時、自分はどう対処したのだろうか?それすらも思い出せない自分に情けなさも感じるけれど、そのうちに思い出したい気持ちは日に日に増えていく。 雅が突然そんな話を始めたので、その相手と何かあったのか?と勘ぐってしまうが、その引きこもっていた時期のことで話を思い出していたようだった。ただ、そんな言葉が出てくる、ということは雅の中では要注意人物であることは間違いないだろう。 「同じ顔なのに、相手はαで僕はΩって不思議だよね。でも、血縁でもなんでもないんだよね。すごく不思議。でも、たぶん……あの人は関わっちゃいけない人だと思うんだ。僕に似たαに会った時には気をつけてね?」 ステアリングを握りながらそんな話をしている雅の表情はすれ違う車のライトで照らされた時にたまに見えるが後部座席からではわずかな時間しか見れない。その横顔からもその感情を読み取ることも出来なかった。 「雅が要注意人物と言うなら相当なんだろうね」 そう返すことしか出来なかった。雅と同じ顔をしたαを見てもなんとも思わないだろう。業界にいて、どんな綺麗な顔やスタイルをしてる人などと腐るほどいる中で、どんなに誘われても魅力を感じたことがない。心動かされたことがないのだ。フェロモンでの誘惑などは言語道断だと思っていたから、危なそうなのを見かければ抑制剤を服用した。 表側だけ見てれば華やかで綺麗な世界かもしれないけれど、ただ、そこに立ってるだけで目立つ人間などいるわけが無い。世間が求めた需要に合わせてキャラを作るけれど、スキャンダルなども面倒くさいこと極まりない。 そんなことで足元を掬われるようでは一流とは言えない。子供の頃に親子役で共演した女優はΩだったが、フェロモンを漏らさない人だったが、ある時に噛み痕を見せてくれた。 番がいるのだと。女優で生きていくために番を作るつもりはなかった、と言った。 子供は必要ないとお互いに決めて番相手も自分も仕事に打ち込める状況を作り上げたのだと。けれど、話のほとんどが都市伝説のような『運命の番』と出会ってしまったのだから仕方ないと笑った。

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