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第152話

彼女はΩだったが、その話がきっかけだったかもしれない。『運命の番』に憧れたのは。求められればキスシーンだってベッドシーンだってしてきた。あくまでも仕事としてしてきただけで、恋愛感情や運命を感じたことなど1度もなかった。仕事が楽しかった。 赤ん坊の頃からどっぷり浸かってきた芸能界にしか生きる場所を見いだせなかっただけかもしれないが、演技は好きだ。 だから失った期間の経験がゼロになったのは痛いことではある。誰かを演じる上で経験や記憶というものは役に立つ。だから打ち切られたドラマで演じてた自分に、今の自分では追いつけない、ということが歯痒い。 雅には感謝はしているが、やはり自分の中ではモデルや、演技をする自分を比較すると優先されるのは仕事の方だと思ってしまう。 だからといって、雅を手放せるのか?と聞かれれば『NO』なのだから自分勝手極まりない。 匂いが好き、一緒にいて気が抜ける、抱き心地の相性も良かった。ろくな経験などなかったけれど、それは雅にしてもそうだったらしく、社会人になってまで処女だった奇跡に驚かされた。親元にいた頃であれば母親の完璧な管理で守られ、外でもなるべく他人に近寄らない、Ωやβの友人を作る、不用意にαに近寄らない、そういったことを徹底していたようだった。 お互いに初めて同士と言っても過言では無いのだが……1度事故で経験してしまったΩの従姉のことはノーカウントだ。あの時自分は完全な受け身で嫌だ、と告げていた。 ぼんやりと考えていると車はバックして車庫に入ると、素早く雅は支度をして降りたかと思えば、昶を抱っこして他の荷物をどうするか考えてたようなので 「浬と給水器は運べるから大丈夫だよ」 「疲れてるのに、すみません……」 「謝ることじゃないだろ。オレも親なんだから。それに疲れてるのはお互い様だろ?」 浬も抱き抱えても起きる気配を見せない。この鬼プロデューサーはかなりの集中力で、樹以上に川嶋を目の敵にしていた。Ωだから、とαに寄り付こうとする態度が気に食わなかったようだ。樹で失敗したから浬に、というのが余計に癪に触ったようだった。そんな姿を見せた訳ではないのに、敏感に感じ取った感覚は子供にしては嗅覚が優れすぎてないか?と思う。 手早く昶を着替えさせてベッドに横たえて、浬の着替えも樹も手伝ったが、手早く着替えを済ませてベッドへ横たえて寝かせて手早く制服をハンガーにかけて、明日のシャツを用意して準備まで整えて部屋を出る。それぞれ部屋を出る時には子供たちに『おやすみなさい』と額にキスをして離れる。そういったところは子供たちを産んだ人物なんだと思い知らされる。 「お風呂溜めますか?」 「いや、シャワーだけでいいかな。雅が浸かりたかったら溜めて来るといいよ」 「樹が入らないなら僕もシャワーでいいかな。正直なところ疲れたのは確かだし。浬にヒヤヒヤさせられました。いつも以上に厳しかった……」 我が子ながら、役者としての樹の血と、裏方の雅の血を見事に受け継いだ子供だ。昶がどういった子供に育つか……たぶん、状況を見て判断する子になるだろう。末っ子は上を見て育つ。昶が末っ子になるか、中間子になるかはわからないけれど、白石親子が来た時に3人目を近いうちに欲しいような話も出ていた。 作るなら勝手に作れ、な話なのだが、嫁の那恵はできることなら浬と夢妃と同じように誕生日まで揃えたい、という希望があるからだ。昶と妃那は数日ズレているが同じ月だ。2人は同じ歳の子供を産む、という約束の元で仕事のスケジュールまで組んでいる。 お互いに『子供を産むつもりのないペア』として仕事をしていたし、雅の事件と大山の事件のこともあって、同じ組織からの命令で集団強姦ということが性質(たち)が悪い。 雅が『産まなければならない子供がいる』の言葉に大山の気持ちが動いて、白石の子供を産む決心がついた、というのもあり、白石は雅には頭が上がらない、というのもあるのだろう。 「どうせなら一緒に入っちゃわない?待ってる時間も大変だろ?お互いの背中流して髪洗って」 「樹、今日髪のセットでバリバリだもんね。クスクスいいよ、洗ってあげる。たまには2人でっていうのもいいかもね。一緒に入ったことなんて数える程しかないし。じゃ、お互いに着替えを持ってお風呂に集合で。一応、お風呂のエアコン入れときますね」 そう言って着替えと風呂上がりに飲む薬を取りに仕事部屋へと入っていった。

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