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第156話
「……なんであんたがキッチンにたってるの?」
「起きてきたら、まずはおはよう、と挨拶をするもんだろうが。そんなことも出来ないのか?」
「雅さんにはちゃんとおはようって言うよ。雅さん体調悪いの?」
浬との朝一番の会話がコレだ。
「ちょっと疲れてるだけだよ。」
「……チッ……昨日のΩか……」
子供が舌打ちをして苦々しい表情をしている姿は不自然極まりない。本当に大人びている。
「それじゃない。今後の撮影方針についても少し話し合っちゃったから起きるのが遅くなってるだけ。そういうところは本当にプロだから」
「あの鈍臭いΩの所為で雅さんの時間を取られたかと思うと腹立たしいけど、疲れてるとこにそんな話をぶち込むあんたも、いくらαがタフだからって、夜更かしするようなことすんなよ。元々Ωは強くないんだから……」
ブツブツ言いながらも朝食に手をつけ始める。昶を起こしに行き、服を着替えさせる間も昶もママっ子ぶりを見せた。
「なんでママじゃないの?ママとお着替えしたいのに……」
「ママも疲れてる時とか、具合が悪くなる時もあるから、そういう時は寝かせてあげて?」
「……具合悪いの?」
「今日は疲れてるだけ。いい子な昶はお着替えできるよね?」
「あーい」
返事が間延びしてるのが可愛い。昶も間違いなく樹寄りの顔をしている。αの遺伝子の方が強く出てしまうのだろう。まだ幼い昶も成長するにつれて浬のようになっていくのだろうか。
着替え終わると、ダイニングで昶の高さに合わせた椅子に座らせてご飯を食べさせる。
「……送迎もあんたなんだろ?昶はぼくが預けに行く。あんたは校門の前でぼくを下ろしてくれればそれでいい。あんたが家庭じみたところを見せるのを1番嫌がるのは雅さんだってことを忘れんなよ?」
「家庭じみた……って、家族なんだから……」
「雅さんはそんなことを言ってるんじゃない。世間の人達があんたをどう見ているかなんだよ。
『番を作ってもそれを感じさせない俳優』
それが世間に求められた『嶺岸樹』なんじゃないの?そういうとこも含めてあんたは自覚が無さすぎ。それに家族って言うけど、家族を持った記憶もないんでしょ?無理しなくていいから」
いちいちトゲのある台詞に苦笑いしてしまう。
「……確かにそうかもしれないけど、浬を見たら自分の子供の頃そっくりなんだから否定しようがないだろ。オレは兄貴たちともあまり似てないし、君たちを見てれば分かるのは産みの親は雅だ。雅の愛情の注ぎ方を見てたってわかる。
浬を見てオレが父親じゃない、って言う方がおかしな話だ。それに君たちと同じで、この家は色んな意味で居心地がいい。」
「……色んな意味ねぇ……」
浬が引っかかった単語がそこなのか?と笑いそうになるが、浬の頭の中で何を指してるのか聞くのも怖かった。雅を守るのは今度は『番』の自分だ、とも思っている。雅の母がそうであったように。親族間での性行為はαやΩでは珍しくはないが、本人が嫌がっているなら話は変わる。
基本、人間は近親者と性的な関係にならないように成長するように出来ているはずなのに、αとΩに関しては、その壁が薄い。獣の繁殖を彷彿させるオスとメスの関係になりがちだ。
狭い空間でしか物事を捉えきれてないまだ幼い子供が、産みの親のΩを狙うのはさすがに不自然だ。まだ、母離れが出来ていないだけ、と考えられるのは昶にははっきり言えるが、浬にはそうとも言いきれないものがある。
固執する部分が昶とは全く違うのだ。樹と対等に争う姿勢を見せているし、他のΩを見ても興味を示さないところまで樹に似てるのかと思いきや、樹はその頃、気になるΩもいなかった。『運命の番』と出会ったらどうなるのか、という方が興味深かったけれど、Ωとわかっても、心動かされる存在はいなかった。
――昔教えてもらった『運命の番』と出会うことは出来るのだろうか?
雅にそれを感じていたのか、今は傍にいて番になっているからその感覚が戻らないのか、がわからなかった。
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