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第160話
「は、恥ずかしいです……こんな……」
「お姫様抱っこ?滅多に出来ないだろうからいいんじゃない?たまには」
恥ずかしがる雅をさておき、ソファーへと下ろすけれどまともに座っていられる状態でもないらしく、肘掛へと寄りかかってしまう。
子供たちへのついで、みたいな形で作ったサンドイッチとアイスティーをもってリビングへ向かう。必死に起き上がろうと頑張っているが体力を消耗するだけに終わっていた。
「無理すんなって。」
横に腰を下ろして雅の腰の部分を支えながら座らせる。膝の上にお皿を乗せてアイスティーはストローをさして飲みやすいようにしてある。1つをつまみあげてパクっと口にすると
「……美味しい」
とそのまま無言で食べ続ける。
「飲み物は持ってるから飲みたくなったら言って?」
「自分で持てると思うんですけど……」
「そうしたらサンドイッチとはいえ手が休んじゃいそうだから、飲みたい時にこっちを向けばいい。ただでさえ自力で座れないんだから、たまには甘えろよ。こういう時じゃないと甘えてくれなさそうだし?」
ニッと口角が上がる。決して意地悪で言っている訳ではない。本当にこの雅という人は周りを甘やかすくせに自分は甘えることが本当に下手な人物なのだとここ数ヶ月生活していて感じてることだった。ストイックまでとは言わないが、自分より家族を優先してしまうのが雅だ。
雅がこちらを向いたのでアイスティーを口にすると、ぱぁっと顔が明るくなった。
「オレンジを搾ってくれたんですか?すごく美味しいです。」
わずかに搾ったオレンジを感じてくれたらしい。樹も雅も飲み物に砂糖は入れない。樹はコーヒーはブラックだし、紅茶もガムシロなどは入れないで口にする。子供たちにはだいたいジュースかココアを飲ませている。
出来合いのジュースではなく、果物を搾ったものがほとんどだ。体にいいものを、という考えかららしい。樹やマサミはコーヒーが好きで、雅のブレンドは樹好みに作られているが、最近では白石玉妃も気に入っているほどだ。
酸味よりも苦味が好きで、少し濃いめに抽出されているコーヒーはホットでもアイスでも、その温度に応じて雅は配分をして豆を挽く。樹の好みをしっかりと把握していた。
『運命の番』は離れられない宿命なのだと、あの人は言った。『唯一無二の人』と伝えられないけれど、雅と離れる生活も想像は出来なかった。浬に心地よいと言ったのは本音だ。
もし、番を解除してしまったら、雅はどうなってしまうのだろう。きっとこの笑顔をなくしてしまうのではないか?と思う。人間として雅はとても魅力的な人だと感じている。そして、母親となった雅の強さも感じている。
きっと抱き潰さなければ、今日も子供たちの朝食から昶の着替えから全てをこなしていただろう。それを何年も続けているのだ。
「……雅は子供を持つ気がなかったって言ってたけど、オレが強引に雅から初めてを奪ったんだろ?その時に雅は運命を感じてたの?」
「……正直、僕にはそれまでに好き、っていう感情がわかりませんでした。誰かを好きになったこともなかったし、強く意識したこともなかった……ですね。だって、初対面の時だってテレビでよく見る人だ、くらいの感覚で憧れやミーハーな気持ちはありましたけど……
僕などはただの一般人で、たまたま業界とほんの少しだけ接点がある程度の仕事ですから、僕らは台本を作りあげて、それをタレントさんたちが形にしてくれて完成させてくれる。だから僕らの仕事は僕らだけでは完成しないし、演じてくれる人がいてこそのものなんですよね……」
「……でも、台本がなければオレらは演じることが出来ない。そこはお互い様なんじゃないか?」
「樹との最初の撮影の時、僕は僕の描いた通りの作品が出来た……そう思ってました。けれど、樹も仕事には妥協しない人です。イマイチしっくり来ない、とキャスティングの交代を告げました。おかげで僕が顔出しNGでしたけど出る羽目になりましたけどね……」
少し懐かしそうでいて、複雑そうな笑みを浮かべる。「僕は演じる側じゃないのに」と。
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