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第162話

なんとか時間経過と共に腰抜け状態から脱した雅は夕飯からキッチンに立っていた。 校門の近くで待機していた浬を拾い、昶を迎えに行く。雅も車には乗車していたが迎えに出れるほどの回復にはもう少しかかりそうだった。 車に乗ると2人は雅に甘えるように両サイドからはしゃいでいた。どれだけ慈しんで育ててきたか、が分かる瞬間でもあった。 「2人とも明日は撮影があるけど大丈夫?」 と聞きながらも不安なのは雅の足のフラつきの方だった。同じフロアで撮影するにしても、樹と子供たちは別々の撮影場所になるだろう。 一緒の場所にいるなら杖替わりに自分が支えるつもりになっている樹だったが、雅はたぶん、それを望まないだろう。仕事へのプライドもあるだろうし、公私は分ける方だ。 さらに現場に浬がいてはなおさらだ。どのモデルよりもプロ意識が高い浬が目の前にいたら、半端な気持ちの人間は勤まらない。 現に川嶋は取り入ろうとして、ズタボロにされている。自分は他人より可愛いΩだという自負もあっただろう。加えて、雅は見た目はβに近く見えたのもあったのだろう。運命の番を探す場所でもなければ、αを漁る場所では無い。 彼の撮影は浬に徹底的に管理された上で終了している。その後に彼が運命の出逢いを果たすのかは謎だが、嶺岸一家に言い寄ることはないだろう。それでもまだ昶が残ってるというおめでたい頭はないだろう。上を見て下は育つ。たぶん、相手にもしないだろう。 「ぼくたちは大丈夫だけど、雅さんは大丈夫なの?まだ寝てなくて平気?ご飯食べた?」 「大丈夫だよ。ご飯も食べたよ。浬たちのスケジュールの方が大変なんだから僕の心配はしなくて大丈夫だよ」 「でも、朝、ママいなかったの初めてだから、明日は平気なの?いないのこわいの……」 「ごめんね、昶。もう大丈夫だから今隣に座ってるんだよ?」 と頬にキスをすると 「昶だけずるい!!ぼくも!!」 はいはい、と答えながら浬の頬にもキスをする。親子のコミュニケーションだとわかりつつも何故か嫌な気持ちになる。これが独占欲と言わずなんという感情なのだろう? ルームミラー越しに目が合った浬は勝ち誇った顔をしている。頬へのキスくらいで勝ち誇れるなら安いもんだ。子供同士のヤキモチの焼きあいなら子供らしさが際立つだけだ。 自分にも経験があるが、これからαしての教育を受けていったあとが怖いとは思う。 「浬のクラスには可愛い子とかいないの?」 「突然なに?将来番うΩがいるかどうかって聞いてるの?今のところいないね。それに、ぼくは間違いは起こさないから。」 「それは頼もしいね。浬も『運命の番』を探したいタイプ?」 「『運命の番』なんて本当にいるかどうかもわからないものを探しても無意味だと思うけどね。その人を好きかどうかの問題じゃない?」 間で雅がオロオロしているが、樹と話す時は子供らしさが消える。樹は同等と思っていないが、浬はライバル心むき出しで来る。1人のΩを巡っている訳だから、わからない訳ではないが、まだ手を出せる時期ではないからこそ余裕は持てるが、ある程度成長しても変化がなければ大問題だ。 ただ、嶺岸本家での跡取り候補の1人ではあるからある程度の年齢になった時には、家を出て嶺岸本家で教育を受けることになる。KAITOとしてか、嶺岸浬として芸能界で成功しているか、何かで成功していない限り、ほかの従兄弟達より劣っていたとしても、系列会社へ配属される為の教育を受けることになるだろう。 この負けず嫌いが従兄弟達に劣る、というのはプライドが許さないだろう。が、それは同時に雅との同居生活の終了を意味する。 それを伝える気もなければ、親戚のパーティーに出席してばいずれわかることでもある。 選択をするのはそれからでも十分に時間はあるだろう。できる限り子供らしく過ごせるうちは子供らしく育って欲しいと思う。

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