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第168話
クローバーの3ヶ月にわたる撮影の後、嶺岸の元には大量の衣装が所狭しと並んでいた。
「お前の規格外のサイズを着れるやつは他に居ないんだから、終わったら持って帰れ」
という玉妃の命令だった。子供服も例外でなく、売り物とCM用やカタログに使った衣装は店頭には出さない、貸し出すのは規定のサイズのもので、現場で子役たちが着たものだと騒ぎになると現場が混乱する、とのことを避けたものからだ。
日々成長していく子供たちにはすぐに着れなくなってしまう服も多いが、そういった服は浬のものは昶へとお下がりにはなるが、その後の服はサイズ別に衣装部屋に移動して保存している。
那恵はもうひとり欲しい、と言っていることからしても、お互いにもうひとり作る話にはなっている。雅や樹の都合でなかなか出来ない状態ではあるが、玉妃もその話には賛成してくれているので、早く作りたくてうずうずしているようだった。撮影の合間にも
「次はどれくらいでOKが出そう?」
と聞いてきたくらいだ。撮り溜めや夏冬構わずの撮影にはその理由もあった。
「もうすぐ出そうですが、樹がなんて言うか……まだ記憶が完全ではないんです。」
「あたしたちと話してた時、断片的に……嫌な話になるだろうけど、君が襲われて心神喪失になった時、那恵を詰ったのはうっすらと覚えてるらしいよ。人生のうちで出逢えるか、出逢えないかの『運命の番』を見つけた嶺岸からしたら、相当腸が煮えくり返っていたんだろうな。」
「今は運命かどうかわからないみたいですけどね。記憶を失ってからはそういう言葉聞いてないです。」
「発情期すら無視して抱いてる男が言わないとかないわ。てめぇの行動で悟れってんだ。」
休みのOKは出したものの、撮影スケジュールを乱されたことにはご立腹のようだ。雅は苦笑いをするしかない。
「すみません、僕が……」
「雅くんは悪くないよ?いい歳してスケジュールも管理せず盛ってるサルの方に問題があるんだから。いいとこのお坊ちゃまなのに性教育が足りてないね〜、全く。」
「βでも男同士っていうのは特に性教育には入ってなかった気がするんですけど……」
「でも、君はΩ。いつでも求め合える存在だろうけど、2回も発情期ずらして、ヤるわ、発情期無視してヤるわ、見境ないだろ。」
――返す言葉も見つかりません……
嶺岸は忙しい芸能人で、αとしての魅力を存分に活かした活動が出来てる人で、これまでは雅の発情期に休みを取るために、スケジュールを前倒しにして仕事を詰めてた人だ。発情期以外に躰を重ねる、なんて出来るほどスケジュールに余裕はないのだが、食事ができる時は自宅で摂り、子供たちとお風呂に入ってから、また仕事に出ていく、という理想的な父親でもあった。マネージャーのマサミさんがいかに優秀かを思い知る一面でもあった。
これまでは事故の関係で休んでいた仕事も多く復帰する。今までのようにはいかないだろうけれど、できるだけの補助はしていきたいと考えている。最初の一発目の仕事で、色んな人達と顔合わせ出来るのは、玉妃のおかげであり、マサミさんのフォローをしやすく出来るチャンスでもあり、また、玉妃に借りを作ってしまった。
「本当に社長には感謝してもしきれないだけの恩がありますね」
「逆だよ。君がいたから那恵はあたしの子供を産んでくれる決心をしてくれた。覚えてるかい?あの子、子供作る気なんて全くなくて、仕事が恋人っていうタイプだっただろ?その気持ちを動かしてくれたのが君。今のあたしの幸せがあるのは君のおかげなんだよ。
人の幸せの気持ちっていうのはその人それぞれによって違う。嶺岸は『運命の番』を探してたけど、あたしは那恵に『運命』を感じたから、この人じゃなきゃダメだ、と思ってた。αはね、案外一途なんだよ?」
「うち、父と兄がαなんですけど、父にはΩの愛人がいたし……でも離婚する気は全くなくて。母はβでいつでも僕を守ってくれました。悲しい思いをしてなたんじゃないかな、と思ってましたけど、父は父なりに母に『運命』を感じていたんですかね……僕のところに子守りに来てても、帰宅時間に母がいないとへそを曲げる人でした。今でも変わらないんですけどね。」
玉妃の言葉に少し救われた気がした。
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