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第169話
久々の1日オフの日だった。
欲しい服があったから、そのお店に足を運ぶが、すでにその服は売れていて、置いてなかった。スマホで似たような服が売ってる店を検索してみるも、そのブランドの服を置いてる店が少なくて、郊外まで行かないとないようだった。ハイブランドの服ではない。
まだモデルとして駆け出したばかりの自分には、そんなハイブランドの服が手に入るほどの収入はない。だからこそ、安くて見栄えのいい服を買って自分を満足させていた。
Ωだというだけで、珍しがられているが、抑制剤の効きもよく、襲われることもなくこれまで過ごしてきた。『運命の番』に憧れている。
出逢った瞬間、この人だ、とわかる、と言うが、どういう風にわかるのか、も知りたかった。でも、そんな出逢いが簡単に見つかるわけもなく、平凡な家庭に平凡な学校、高校生の頃から読モをしていて、卒業と同時に今の事務所に所属した。
今日はメイクもしていない、帽子をかぶってメガネをかければ、こんな人がたくさんいるところでは、なかなか誰がどこにいても早々に気づかれないくらいにはすれ違う顔など見てはいない。たまに気付かれたりするが、シーというポーズを取れば、彼女たちはうんうん、と頷きその場を離れる。たまにこっそり写真を一緒に撮ってくれ、と言われるがSNSに載せないことを条件にOKしている。
普段着や行動範囲がバレてしまうからだ。嶺岸のようにクローバーなどのハイブランドの服が買えるようなモデルになりたい。社長の白石との会話は面白かった。けれど、α同士の会話の中には親しみとずっと培ってきた信頼性がある。『家族ぐるみの付き合い』というのも、お互いのパートナーが一緒に仕事をするペアだということも大きいだろう。
嶺岸は『運命の番』を見つけた、と今のパートナーと一緒になったと言っていた。背もβくらいあって、物腰が柔らかくて新人だろうがベテランだろうが態度を変えない、一緒に仕事をしていく上では理想的な人ではあるけれど、『特殊Ω』という性質上、かなり不便な生活はしていることだろう。
そして、あの現場の鬼と呼ばれていた理由を身をもって体験した身としては、KAITOを敵に回すな、という刷り込みと、彼の幼いながらにして完璧なポジションとカメラワークの指示に驚かされた。大変だったけれど、出来上がったものを見た時の感動は凄かった。
彼の周りにはΩ性はたぶん、生みの親である雅さんだけだろう。他にもΩとの接点はあるだろうが、彼の中ではNO.1で雅さんが存在している。雅さんを最優先で動いていて、αの子供はあんな風に育つのか、と思った。
原宿で服を見てたはずなのにウィンドショッピングをしていたらいつの間にか渋谷まで来ていた。電車で1区間と言っても大した距離ではない。歩くのは好きだし、色んな町の景色やウインドの中を見て歩くのも好きだ。渋谷にも色んなお店があるから見て回ろう。
――その前に少しお腹がすいたかも……
美味しそうなお店がないか、キョロキョロしながら歩いていたのだが、横からドンッと何かにぶつかった。バシャッという音と共にTシャツの前が濡れる。かかったのはアイスコーヒーのようだ。黒いTシャツに黒いスキニーデニムだったので、コーヒーのシミは目立ちはしないが、さすがに着替えに帰らなければならないだろう。ひたすら頭を下げてくる人に『気にしなくていいですよ』と声をかけて立ち去ろうとしたその時、目の前にいた顔に心臓が飛び出でるかと思うほど驚いた。
「僕の連れが申し訳ないことをしたね。新しいコーヒーと君はカフェオレ派?ブラック派?」
「……カフェオレ派です。」
「大至急買ってきて」
口調は優しいけれど、人を使うことに慣れてる人だと思った。
でも本当に似てる。本人?違う。もう少し身長は低くて物腰が柔らかくて、声ももう少し高い気がする。でも、もう数週間前の記憶だけに曖昧だ。だから、一応、確認をしてみることにしてみようと思った。
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