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第170話

「……み、やび……さん?」 「僕を知ってくれてるなんて光栄だなぁ……でも、どこで知ったの?」 軽い口調から、後半は怖いくらい冷たい口調で聞かれた。色んな違和感が錯綜する。 ――あれ?身長ってこんなにあったっけ?なんか声が違う気がする、そもそも雰囲気が違う? 「……ご、ごめんなさい、人違い……かもしれません……似てらいらしたので……」 「そんなに間違えるほど似ている?嶺岸樹のパートナーに。確か、あの子も『雅』だったね」 驚くほど冷静に聞き返された。どうしてわかったのだろう? 「一度本人にも言われたんだよね。顔を知りたければ鏡を見てくださいって。会ってはもらえなかったんだけどさ。どんな子なのか教えてよ?」 何故、他人の番に興味を持つのか、がわからなかった。見た目はよく似てる。けれど、何かこの人には仄暗い何かを感じて、足早に去った方がいい、と本能が伝えてくる。 「着替えもコーヒーも結構です。僕、急いでますので、失礼します!!」 そう言って踵を返そうとした時だった 「なんで逃げようとしてるの?」 腕を掴まれた瞬間、躰の力が抜けるのを感じたが、逃げることが先決、と決めたからには手を振り払って逃げなければ、と力を入れる。 腕を引かれて背中からその男へと倒れ込む形でよろけてしまう。腕を掴む手とは反対側の腕で首元に手を回し、肩に腕が乗った反対側の頬をゆったりと撫でた。 ――どうして……!! ガクリと全身の力が抜けた。そのまま抱えあげられ、彼が最初に乗っていた車の中へと連れ込まれる。コーヒーで濡れたTシャツは脱がされ、広いリムジンのサイド席に投げられた。 さっきぶつかってきた男はコーヒーをホルダーに置くと、そそくさと前方の座席に乗り込んで行った。コットンシャツを掴んで着せようとする仕草は見せたものの、着せる気配が消えた。 ――なんで?発情期じゃないのに……発情期の前触れみたいな躰の中が熱くなっていく感じがする。晒された素肌に触れる手が冷たくて気持ちいい。けれど、この状況は良くない…… 「首輪をつけてなかったから見落としてたけど、へぇ……君、Ωなんだ……いい匂い……」 発情期じゃないから油断してた。抑制剤も何も持っていない。限りなく顔は『杉本 雅』に似てるのにこの男は違う。Ωじゃない…… 「……面白いこともあるもんだなぁ……僕は『宮日賢祐』宮日グループの息子で末っ子のαだよ。君は僕のものだ。『運命の番』なんて信じてなかったけど、本当に出逢うとΩは発情するんだね。まぁ、そういう僕もなんだけど。今すぐ抱きたくて仕方ない相手なんて初めてだよ。久々にノット出そうだなぁ……」 「……イヤ……ピル持ってない……」 「……『運命の番』だからね。ゆっくりじっくり愛し合おうね。ちゃんと責任はとるよ?可愛いΩちゃん。今すぐにでも犯して噛みたいところだけど、フェロモンはもう少し我慢して。」 天井のボタンを押して相手が話し出す。 「ここから1番近い僕のマンションに向かって。なるべく早く着くように。」 大きなタオルを肩からかけられてカフェオレを渡された。自分で座っていることも出来なくて彼の足の間に座ってもたれかかっていたけれど、彼の固くなった場所が尾てい骨付近に当たってるのがすごく気になってしまう。 余裕そうにブラックコーヒーを飲んでいるが、本当のところはわからない。お互いのフェロモンにあてられて、Ωである自分は1人では立てない状況にまで来ている。本当は逃げたい…… 『運命の番』には憧れていたけど、こんな形になるなんて思わなかった。まだ、やりたいことも着たい服もたくさんある。仕事も楽しくなってきたところだ。恋愛もして、段階を踏んでから番になって、子供を産んで…… そう思うだけで涙が出てきた。

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