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第171話

火照る躰を冷ますようにコーヒーは飲みきってもお互いが、はぁ、はぁ、と息をしている。 たかが数分の距離だったのに何十分にも感じられた。車がマンションの前に泊まり、ドアを開けて驚いたのは付き人の方だった。 閉ざされたドアから2人分のフェロモンが流れ出てきた所為で前を抱えて座り込む、という状態になってしまった。運転席から異常を確認した運転手も唖然とした。 とりあえず、同僚は車に乗るように伝え、大きなタオルケットを抱えた賢祐をエレベーターへ乗り込ませて、部屋のドアを開けて鍵を渡す所まではやりきった。 エレベーターと車の換気をしなければならなく、エレベーターをしばらく1階で開けたままにしておく。車からクリアファイルの束を持ってきてパタパタと扇いで何とか薄まるくらいまでにはした。今度は車の窓を全開にして戻ることにする。性に奔放なタイプだったが、車の中で発情するようなことはなかったからこそ、驚いたのだ。 「……バース性なんだっけ?俺はβ」 「俺はΩです。普段は店の方にいるんですけど、今日は来てみたらこれです。たぶん、チョーカーしてなかったけど、あの子、Ωですね。でも、俺とぶつかった時には何も匂いもしなかったから発情期って訳でもなさそうだったし……Ωのヒートに引きずられてる感じに似てますけど、発情期のΩ相手でもこんなになったことないです。あんな賢祐さん、初めて見ました。」 「……店まで送ってやるから、お客取れよ?」 発情状態のΩは人気が高い。その言葉だけで客は取れるだろうが、相手によっては妊娠の恐れはある。αを完全に誘惑してしまえば抜いて射精も出来ないし、精液がなければこの状態から脱することも出来ない。 長い射精の間も精を受けることにΩは気持ちよさがあるという。βからすれば30分もかけて抜くことも出来ずに待つという『なにこれ』状態になるのだが、無理やり抜くとノットと呼ばれる突起が傷をつけてしまうから簡単に抜くことも出来ない。 一介の運転手にΩに手を出す権利はないし、今、隣で苦しそうにしていても、αでも金持ちでもない。ましてや従業員同士はご法度だ。運転手は本邸に戻るしかない。また呼び出されればまた車を出すに過ぎない。 αの発情状態は滅多に見ることはない。Ωであるならベッドの中、もしくはΩに引き摺られた時にスイッチが入ることもあるけれど、それでも肉体関係になければ見れないものだ。 αであるにも関わらず、Ωの振りをしてセックスを楽しむような人物でもある。 そして、今追っているβの女性がいることも。自分の主人が、抱く方ではなく、抱かれた方の快楽で女性を追う、というのもどうなるのか、とという懸念は会ったものの、何年も追いかけて断られているならいい加減諦めればいいのに、と思う。奪おうとする相手も良くない。 パートナーに危害を加えられて、怒らない相手ではないし、全員、社会的抹殺と会社を倒産にまで追い込んでいくような人物だ。 いくら人質がいるとはいえ、その相手は人質であって人質ではない。本人が望んでこの場所にいるのだから仕方ない。 戻る気のない人質は人質とは言わない 彼女は好きな人にも抱かれるが、それは発情期の時に『彼』が来てくれる時だけ。予約が入ればその相手だけしか相手をしない。その『彼』からの予約がない日には、彼以外の彼女のファンの腕の中にいる。 ピルとアフターピルを飲む毎日に嫌気がさしそうだが、Ωはαを産む為の大切な存在。数が少ないだけにオメガに触れたいαは高い金を出してでも、運命が居ないか、を探す。αが近くにいないと弱ってしまう可哀想な人種だ。 ――本来なら相手をさせられるのはこの子のはずだったろうに…… Ω性が可哀想に思えた。

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