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第175話
真夏だというのに心地よい温かさと甘い香りの中で目が覚めた。誰かの腕枕で抱きかかえられていることはすぐにわかった。
見上げると、そこには限りなく嶺岸のパートナーΩの『杉本雅』に似た男の寝顔。けれど、間違いなくαで彼よりも少し男らしさが増した寝顔。チクリと痛む首筋には噛み跡……
一気に現実へと引き戻される。
誰かとぶつかって、アイスコーヒーが服にかかっちゃって、車から降りてきた人が雅さんに似ていて、間違えて、その人がαで、腕を掴まれた瞬間膝から崩れ落ちるような感覚がして、抱きとめるように右から左肩を掴まれて……そこからうっすらとした記憶しかない。
そのまま車に乗ったらTシャツを脱がされて、自分も相手も発情状態になって、聞いた言葉
『久々にノットが出そうだ』
発情してノットが出て精液を注がれる、ということはαがΩを確実に妊娠させようとすることを意味する。
――なんで逃げようと思ったんだっけ?あぁ、この人に近付いたら危ないと思ったけど、腕を掴まれただけで、全身を襲う痺れのようなもので力が抜けたのを支えてもらったんだっけ……?でも、それが原因で発情したんだ。この人を巻き込んだ?だけど、αと抱き合ったからと言って発情期でもないのにヒートを起こす?
混乱する頭では必死に色々考えるけれど、番にされてしまったことは事実だ。この人が誰かも知らないのに。間違いだった、と解除されるかもしれない。チョーカーをつけてなかったことが悔やまれた。薬も持っていない。アフターピルを飲まなきゃ妊娠するかも……
ここがどこなのか、すらわからない。どうやってこの部屋に来たのか、ここはホテルなのか、マンションなのか……?少し動いて部屋を確認すると、ホテルではなさそうだった。
大きな窓にはカーテンがかかっているが、その隙間から見える上の方は暗く下の方は明かりがたくさん見える。そっとベッドを抜け出して窓から外を見た。かなりの高層階であることが確認できたのと、このベッドルームがかなり広いこと、キングサイズのベッドが置いてあってもまだ部屋に余裕がある。そしてワンルームではないこと、他の部屋に続くドアを開けたリビングの広さに圧倒された。
「どこに行くの?」
突如、背後からかかった声にビクッと体を揺らした。甘い声だが、絶対的に逆らえない何かを感じてしまった。
「悠真、こっちにおいで?」
「……はい。」
元々いた場所にすっぽりと収まると、居心地の良さに自然と擦り寄ってしまう。
「僕の名前は覚えてる?」
熱にうかされながら教えてもらったような気がするけれど……思い出せない。そのαは考え込む悠真を見てクスクスと笑い出す。
「フェロモンでそんなに飛んでたの?僕の名前は宮日賢祐。宮日グループの4男だ。そして君の旦那。嶺岸のパートナーのことを知ってたみたいだけど、どうして?」
「……仕事でご一緒した時に挨拶しました。手作りクッキーをもらいました。」
「仕事?なんの?」
「クローバー社のモデルの仕事です。僕、新人モデルなんです。」
「あぁ、見覚えがあると思ったら若作りした嶺岸と一緒に出てた……」
「……はい。CMの指示の大半は息子さんのKAITOくんでしたが、厳しかったです……」
「KAITOはやっぱり嶺岸の息子だったんだね。で、そんなに嶺岸のパートナーと僕は似てるのかい?最初に見間違えたよね?」
「顔の作りはほぼ同じです。背丈と声は違いますけど。あちらがβに見えるのに対して、賢祐さんはαそのものです。あの、僕……」
気持ちはスッキリている。けれど、覚悟がない。まだ若い悠真からしたら当たり前なのだが高校を卒業して、社会に出たばかりのまだ、学生気分の抜け切れてないひよっこだ。
戸惑いの色を見せた。
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