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第185話

「……なぁ、雅……子供たちが寝たあと、少し話をしないか?」 いらだちを隠せていない樹からの言葉にビクッと体が揺れる。隠してたわけじゃない、でも血液型は隠していたのも事実だ。 「……どうして、子供たちが寝た後なの?本人たちの目の前でそんなこと言ったら、子供たちも気になっちゃうよ?」 「だったら言い方を変える。今日はオレより先に寝るな。聞きたいことがあるだけだから身構えなくていい。」 ――そう言われても……怒りのパワーゲージが見えるような気がしてならないんですけど? 「ねぇ、雅さん、ぼくらに聞かせられないような話なんて碌なもんじゃないと思うんだよね。そんな話のために大事な睡眠時間削る必要ないと思うんだけど?」 運転席側の樹がヒクッと微かに揺れる。 「おまえなら聞いても問題ないだろうが、昶のことを考えろ。ただでさえ、変な話を吹き込まれて怯えてんだろうが。そこについて詳しく聞かせてもらおうと思ってるだけだ。」 口調は穏やかだが、言ってることには棘がある。あの話で怒らせてしまったことは間違いないようだ。素直に話せば喧嘩になるかもしれない。それを聞かれるのはさすがに雅としてもさすがに困ってしまう。 「……ママ、いなくならないよね?」 「大丈夫だよ、ごめんね昶、余計な心配させちゃったね。いなくならないから……」 「うん、ぜったい!!約束ね!!」 「うん、約束」 そう言って微笑みながら 「浬、ありがとう。でも、明日も学校があることは忘れないでね?帰ったらお風呂はいって寝ないと、明日の朝が辛いよ?」 「……ねぇ……ぼくは心配しちゃいけないの?今日の雅さん、消えちゃいそうだったくらい……儚くて辛そうだった。ぼくなら一生傍にいて大事に出来るから……!!」 「……(かいり)……僕達はだよ?いいね?」 有無を言わさぬ口調で浬の言葉を止める。 浬はそのまま黙ってしまった。ミラー越しにチャイルドシートに収まってる彼は、酷く悔しそうな表情をしていた。どうしてそこまで雅にこだわるのか、自分こそが『運命の番』だと思ってるのだろうか? 時間は普段なら風呂に入ってる時間になっていた。だから食事は外で済ませてしまった。帰宅して作るより断然早いからだ。 あんな話の後、時間の感覚がおかしくなっていたせいもあってか、夕飯時をはるかに超えていた時間に驚き、急遽外食になった。 「ロケ弁も美味しいところのは美味しいけど、暖かいご飯はやっぱりいいね」 雅も外食の概念がロケ弁か、それ以外のものなのか、で区分けしているのは、以前の樹も外食をあまりしなかったせいなのだろうか。 樹は雅に比べたら、料理は最低限にしか出来ないし、ほぼ家で食べたことがない。接待やロケ弁、ご飯時にかかる撮影の時などもお弁当はちゃんと用意されていたから、それを食べることが多かった。 今では雅の手作りが1番美味しいとさえ思う。退院したあの日から、自分好みの軽食、そしてコーヒー。ブレンドの配分だって、きっと何日もかけてやったのだろう。味の好みが似ていた玉妃にも挽いた豆を分けてしまうくらいには、そのブレンドに自信がある証拠だと思う。 カツミさんと(オレ)はコーヒーの好みは似ている。その2人が納得し、美味しいものなら全て食べ尽くしてきたであろう、あの白石玉妃が食いついたくらいには雅の腕は樹のためだけに発揮されている、はずなのだが、企画現場では、完璧な立ち振る舞い、気を利かせたお茶うけまで用意してスタッフにも気遣える敏腕プロデューサーでもあり、(いさか)いごとを簡単に静めてしまう程の微笑を持つ顔も持ち合わせている。 樹も聞いたことはあった。演者同士が揉めた際に間に入って微笑みながら、『ちょっといいですか?』と間に入り、2人の揉めた原因ではなく、お互いの撮影内での注意点を伝えた後に 『では、次のシーンでそれを最大限に活かしてくださいね』 という微笑みと共に踵を返す男、ということはかなり前から噂だけは知っていた。撮影に関係ないと判断すれば一刀両断する。当時、タイトなスケジュールの中でわずかな時間も無駄にできない状況下で仕事をしていた。 第一線で仕事をこなしていたのだ。

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