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第186話

樹は樹で、1人で1人の時間を満喫するには自分1人の為に1食分作るのは面倒だから、休みの日には配達してもらうくらいで十分に足りたし、なにか細かいものが欲しければカツミさんが買ってきてくれた。 1人での買い物すらあまり記憶にないのだ。 だから、コンビニ商品で何が人気で、何が美味しいのか、すらわかっていない。たまに子供たちと一緒に買い物をしてきた、という雅がコーヒーのお茶うけに買ってきた樹が好みそうなお菓子をつまむくらいだ。 そのお菓子でさえパッケージから離れて、お皿の上に飾られているのだから、お菓子の名前すら知らない。撮影現場でそのままパッケージを広げたままでみんなで摘んだお菓子でやっと名前を知ることが稀にある程度のものだ。 全てが完璧とは言わない。けれど、雅はきっと育ちが良いのだと思う。βの母親もきっとそうなのだろう。父親は雅の初めての発情期に逃げ腰ではあったが、手を出そうとはしていない。 αの兄だけだ。 発見が早かったのもあって、母親から弟を引き剥がされた兄は抑制剤を飲まされた。次男にもΩ用の抑制剤を飲ませたが、βである母にもその匂いがわかるほどの匂いを発していた。 危険を察知した母は長男を父親に任せて次男をタクシーで病院へと連れていく。 そこで発覚したのが『特殊Ω』性 それに加えて血液型まで希少なものだとは、自分が忘れてしまっている、知らない期間に知らされていたことなのだろうか?玉妃や那恵ですら初耳だ、という表情をしていた。以前の入院の際には精神的ダメージが大きかっただけで輸血などの処置はされてないはずだから、知らなかった、というのが正解だろう。 あの二人に会うまでは何事もなかった。けれど、話が進んでいくうちに雅は徐々に表情を曇らせていった。Ωの薬の話は、自分が役に立つのなら、と言ったが、そこに不本意な感情は見られなかった。 なら、何故、突然に『検体に』などと言い出したのか。会話を思い出しても彼を追い詰めるような要素は特になかったと思う。今の全てを投げ出したくなるようなものが雅の中に芽吹いていることは確かだったが、それがなにか、なのかを掴めずにいた。 『浬』と『昶』を大切に育てている産みの親とは思えないような、これまでに見たことのない雅の表情。死を願うような発言。 ――『検体にしてください』と言った言葉の真意を知りたい。 たぶん、自分に理由はあるのかもしれない、と樹は思う。ただ、どこが悪かったのかは、その言葉を待っていても絶対に口にしないだろう。だから、聞き出さなければならないのだ。 子供たちがいるのもあり、先にエントランスの前で3人を降ろしてから樹は駐車場に車を停めた。そのままいくつものセキュリティを早足で進んで、雅が下に戻しておいてくれたエレベーターに乗り込む。雅が子供たちと先に風呂に入ることは阻止したかった。 玄関を抜けて子供たちの着替えやタオルを準備している雅に自分が子供たちを風呂に入れる、と告げて子供たちを連れて風呂に入る。湯を張っている最中だったが体を洗っているうちに溜まるだろう、という水量だ。 体を拭いてから着替えさせる昶を先に出してそこからは雅にバトンタッチで、躰を拭いてドライヤーをかける。ふわふわとして毛量の少ない昶のドライヤーの時間は短い。髪をいじられてその温かさと気持ちよさにウトウトし始める。綺麗に仕上げてからそのまま昶をベッドで寝かせてしまうと深い眠りに落ちていく。 戻るタイミングで浬を出す。浬は自分で身体を拭いて着替えもできる。髪を拭いていると雅が戻ってきてドライヤーをかけてあげると、浬も気持ちよさそうにドライヤーを甘受けしている。もうすぐ、全部が1人で出来るようになってしまうであろう浬には、成長の嬉しさと寂しさを最初に感じる存在であることには変わりない。浬もまた、頭を触られる気持ちよさに睡魔が訪れる。 手を引かれ歩きながらも彼は伝える 「……あいつが何を言っても気にしない方がいいよ。ぼくと昶で雅さんのことは絶対に護るから」

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