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第187話

浬の言葉にはいつも樹を排除する傾向にある。何故、そこまで嫌われているのかが、樹には理解できないが、雅に 『浬が背負うことでもないし、僕が君たちを守る立場であって、君たちはまだまだ守られるべき存在なんだよ。僕はそこまで弱くない』 そういうと子供たちに向けられていた優しい視線から前を向いて少し寂しそうな表情をする。 全てが終わってから雅も風呂に入って全てを整える。薬を飲む習慣は変わらずだ。 ベッドルームで本を読んでいた樹の横に雅は滑り込む。横になったままそのまま眠ってしまおう、という狡い魂胆は見え見えだったようだ。本を閉じて雅を自分の方に向かせてから 「……何を考えている?」 今までに聞いた事のないような声色で尋ねられた。なに、と聞かれても今は、樹が納得出来るようなことは何も考えてはいない。 「……なに、って、何も考えてないよ?」 「どうして検体になるなんて言い出した?死ぬような病気にかかってるのか?それとも死にたい気持ちでもあるのか?」 「病気では無いです。ただ、自分にもしものことがあった時には、僕のようなΩが大変な思いをしないように、って思っただけです。」 「どうして『もしも』の場合があるって思ったんだ?個人的にはそんなことが早急に来られては困ると思ってるんだが?」 雅はその言葉に少し戸惑う様子を見せた。 「本当に『もしも』の場合の想定だったから、そんなに深い意味は……」 「なぜ本当のことを言わない?」 被せるように吐き出された言葉、樹のその眸は悲しさすら浮かべているようにも見えた。 「……貴方の『唯一無二』が僕ではなかった場合、僕はどうなるんだろう?って思いました。だって、僕には貴方が『唯一』なんですから。αにとっては何人も番えるΩのうちの一人でしょ?Ωにとっては番が『唯一』でしかなくなる。今後、本物の『運命の番』が現れたら、貴方が求めるのはそちらでしょ?本能には抗えないんですから。」 「なんで他に『運命の番』がいると思うんだ?」 「賢祐さんの話を聞いたでしょ?触れただけで発情したって。僕たちの場合は違うじゃないですか。フェロモンに引きずられて最初があった。貴方がαのフェロモンを出して……」 「たぶん、オレは触れた瞬間からフェロモンを出していたと思う。雅がそれに気付くのが遅くなっただけじゃないか?あの御曹司ほどじゃないがオレにだってフェロモンの耐性はそれなりにあるんだぜ?フェロモン垂れ流しで近づいてくるΩがどれだけいたと思う? ……こういう仕事してるとさ、人が信じられなくなるようなことがたくさんある。雅にも経験があると思うけど、表に出てる煌びやかな世界と真逆の影のようなどす黒い部分。人身売買のように事務所と契約して売る為にスキャンダルを作り出して、それでさえ利用するような売り方、商品が人間ってだけで、物扱い。 古くなれば捨てられるし、新鮮であるうちは利用価値がある。さらに子役から生き残れるのはほんのひと握りだけだ。業界の中でも土壌を変えたり方向性を変えてみたりと模索する人もいる。ひとつの歌やドラマがヒットしたからといって、過去の栄光だけで生き残れる世界でもない。時代の移り変わりによって、スポットライトを浴びる人間は変わっていく。 きみの作る世界だってそうだろ?無名なアーティストの曲を起用して、その曲が耳に残ればヒットする。イメージに合う俳優を使って顔を売る。元から売れてるやつもいれば、そうでないモデルもいる。雅たち造り手の采配次第で変わってく人たちがいる。 オレは演技が好きで結婚や子供なんて二の次だった。だからこの世界で生き残ることに必死になっていたし、恋人だとかセックスだとか、そんなことで揚げ足を取られたくなかった。そんなオレの心を揺るがしたのは間違いなく雅だった。だから今があるんじゃないのか?」 「……そんなことは、あとからでも言えます」 「言わせてもらうけど、あんたと結婚もしていて、子供が2人もいるって聞いた時、どれだけ驚いたか知らないだろ。『運命の番』なんて夢物語、自分にはないと思って生きてきた。だからその『唯一無二』の人だけを愛そう、その人しか愛せない自信すらあった。」 雅は目を見開きその顔を見上げた。

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