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第188話

「『運命の番』について先輩女優から聞かされていたことがあった。その人も結婚する意思も番を作る気もなく芸能界に入った。けれど、出逢ってしまった。子供こそ産まなかったものの、番関係は継続されている。 その人の番もαだ、Ωだと振り回されたくない人だったから、お互いに番関係を結ぶことに同意はしなかった。けれど、出逢ってしまったらもう、躰が相手を求めて止まなくなる。時には躰を売ってまでしてきた仕事を干されるかもしれない覚悟で番関係を結んだそうだ」 芸能関係者と寝て仕事を獲るなんて珍しい話じゃない。デビュー前のΩや女は特にそうだ。 雅には経験がないが、もしかしたら大山にはあったかもしれない。 ――あの人のそういう嗅覚は婚前は凄かったし…… ただ、それを仕事に繋げるか、と聞かれれば『YES』とは答えられない。そこには彼女なりの大きなプライドもあった。ただ、大女優であっても躰を売って仕事をもらっていた、ということに少し虚しさを感じる。 そして、そういったΩは番以外の人間と肉体関係にはなれない、だからこそ、その人も番になることを最初は拒絶したのだろう。けれど、出逢ってしまったら……自分が樹以外を拒絶したように、番になる前から拒絶反応が出てしまっていたら…… 「……逃げようがないのがΩ……なんだね……」 「Ωに限ったことじゃない。αだってそうだ。さっきも言ったようにフェロモン垂れ流しで誘惑してくるΩはいるし、もし、オレが片っ端から食い散らかすようなタイプだったら、今頃はスキャンダルの帝王になってるだろうな。でも、オレの『運命』ではなかった。 この人だ、って決めた相手には一途にいる男だっているんだ。男ではないけど、白石社長だってそうだろ?『運命の番』じゃなくても『運命の人』を一途に待ち続けた。αだって一途な人は一途なんだよ。オレの記憶の中には浮気三昧の那恵さんしか居ないけど、今の彼女はそうじゃない。このオレの中の空白の10年に色んなことが凝縮されている。」 確かにそうかもしれない。雅にとっても激動の10年だった気がする。社会人になって、仕事に慣れて来た頃か、嶺岸と出逢い初めてのセックスを経験して、番契約をしてなかったにも関わらずレイプには強い拒絶反応が出て……αを受け付けなくなった雅が、無意識なのに唯一近づくことを赦したのが樹だ。 もう、出逢って躰を繋いでいたことにより、番関係は半分は結ばれていたのではないか?という程の拒否反応。下手をすれば、あのまま死んでいたかもしれない。他のαのフェロモンが臭いと思った。樹以外のフェロモンに惹かれたことはない。少しずつ2人で1緒にリハビリをして回復するのを待って退院した。 退院してからは社長の計らいでリモートワークで引きこもった。信頼していたからなのか、樹以外のαで顔を合わせても、恐怖が湧き上がらなかったのは社長だけだった。 樹の付き添いでΩの専門医のところにも通って薬を出してもらった。中絶してるのもあり、医師と相談の上妊娠時期を決めて、白石社長、那恵と共に子供を産む計算をして、お互いの仕事の時間調整をした。その妊娠計画の上で樹と正式に『番』になった。 それから2人の子宝に恵まれ、2人もすくすくと成長している、が、長男は少し危険な要素を含んでいる。けれど、それが運命だと言われれば樹と番になることは運命だったのだろうし、番になってる今、雅にはそれ以外の選択肢はない。番相手にしか躰を赦せない。 自分に合わせて子供を産む決意をした大山那恵、それを喜んだ白石玉妃には感謝の言葉を告げられた。この10年という月日の中で周りの人間を含め、年齢を重ねる事に様々な変化があった。それでも、変わらず大山とは仕事をしているし、クローバーコーポレーションと樹のモデル契約も継続している。 樹の好きなコーヒーの味、好きなサンドイッチ、雅が作るものを美味しいと食べてくれる家族。雅の家庭の味を母から伝授されたものだが、嶺岸家の家庭の味にもなっている。 雅はこの家族が好きだ。樹がいて子供たちがいて、一生独身でいようと思っていた頃が嘘のように、生活環境は一変したけれど愛おしい家族が出来て幸せだと思っている。 樹にとっても失われた10年の記憶は生活の上でも、芝居においても重要な鍵を握っているものかもしれない。 「……大丈夫。どんな事があっても僕は家族を愛してる……」 雅は静かに微笑むと、スっと眠りに落ちていった。

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