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第190話

定期的に宮日グループの系列の製薬会社へ通って少量ずつ血液提供が始まった。献血ほどの血は抜けないが、限界値ギリギリのラインで抜いてもらったあとは、少し休眠をして鉄剤を手渡される。鉄分は食物でも摂取するつもりでもいたが、あまり血液が薄くなっても良くないのだと苦笑いするしかない。 段々と樹も仕事を増やしていき、一緒にいる時間もかなり減ってきている。事故前へと生活は戻りつつあったが、記憶は相変わらず曖昧なままだ。それでも生活していく日々は新たな記憶になって積み重なっていく。 帰宅が早い日もあれば、遅い日も増えた。 仕事に恵まれていることは芸能人としてはいいことだ。撮影の時間などの時間がバラバラなのも仕方のないことだと作り手側である雅も心得ている。最近では浬が昶と一緒に2人でお風呂に入ってくれるおかげで、かなり育児面でも楽になっている。 日々成長していく2人を見てるのは楽しくもあり、服のサイズが大きくなるにつれて、服の入れ替えも多くなっていく。子供の成長の速さを実感する瞬間でもある。嬉しくもあり寂しくもある。年に数回ある親戚の集まりにも顔を出さなければならない。2人にもお披露目までに本家の歯車になるか、芸能界に残るか、を決めなければならない時が来るだろう。 集まりの際には雅は隅っこで、会場を眺めていることが多い。樹の実家の事業に関連のある仕事をしているわけでもなければ、会社を支える内助の功でもない。末っ子の『番』としてその場所にいるだけだ。その末っ子はある意味客寄せパンダ状態だ。親戚に対して深い付き合いをしない樹は、その知名度を餌に自分のところの事業を宣伝して欲しい連中の的になる。 それを作り出す側の雅のような日陰の仕事にはさほど興味のない連中ばかりだが、たまに、本格的に会社のことを知る人物もいて、雅に名刺を渡してくる重役もいる。嶺岸のグループの中でも上になればなるほど、その重役や秘書は雅の背景を理解しているようだった。 挨拶を交わして名刺交換をする程度だが、個人企業の方ではなくツヴァイの名刺を差し出す。個人の方はクローバー社以外と契約する気は無い。あくまでもツヴァイの社員として原案を出すまでだ。その先は営業部が引き継いでくれるから現場に行くこともない。 それでも調査は行き届いてるのか、こういう形式の宣伝を展開したい、と伝えてくるところを見ると、近々そういったものを形にするつもりがあるのだろう。ツヴァイの社長とも顔見知りだというその人は、軽く会社の話を混じえながらごく簡単な世間話をして離席をする。 会社に正式に依頼を出す前にヒントを出したその人は、雅の仕事をある意味試してきたのだと思う。それならその時のプレゼンで負けるわけにはいかない。先に情報を入手していたなら尚更に他の人よりも構図を練る時間を与えられたということになる。 「今日もそんな隅っこで過ごすおつもりです?」 不意に声をかけてきたのは義母だった。 「あなたは樹の子供たちの親でもあるのだから堂々としてればいいのよ。もしかしたら、どちらかが後継者になるかもしれないのに。もし、ならなくても役員には入るんですから、他人事しゃないんですよ?」 現当主の後妻である樹にとっても義母であるこの人はΩでありながらも堂々としている。 そして、子供たち……特に『浬』に期待しているのだろう。今現在、子供たちがいる部屋でも、浬は子供たちの中心にいる。 その子供たちの遊ぶ部屋ですら、その本質を見るための部屋だということに大企業のトップの資質を試されているのだと思うとゾッとした。 『興味が無い』と一蹴されそうなその立場ですら、自分で選ぶ権利を与えられるかどうかは、この先の彼の決断次第だが、今の彼の状況からして『芸能界』への道以外に逃げ道は無い。 本家の歯車になるか、自分を売り物にするか、の二択であり、父親に瓜二つな容姿と、年齢の割に大人びていて、他人を使うことに長けている自分にも他人にも厳しく、表に見せる顔は誰もが親しみを感じる姿。 きっと、本人の意思など関係なく、誰もが認める存在になってしまうのではないだろうか? そんな自由まで奪われてしまうような境遇はなるべくなら避けてあげたいと思うけれど、雅の手の届く範囲なのか悩むところだった。

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