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第191話
「……はぁ……疲れた……」
車のシートに寄りかかりながら浬は深いため息をついた。
「お疲れ様。食事会はどうだったの?」
「どうもこうも……マナー講座から始まってなんなの?あれ。あれやこれや口出されて泣いてた子までいる始末だよ」
「それは大変だったね、本当にお疲れ様」
「あと数年したら昶もアレやるの?」
車のシートに沈むようにしながらネクタイを緩める浬は、そんな姿さえ様になっている。
「そうだね、嶺岸グループの後継者候補は全員やるみたいだよ。定例会議とかでホテルを使うことも多いみたいだし、マナーは身につけておいて損はないものだから」
「……ぼくは嶺岸の経営なんて興味ないんだけどなぁ……」
「『お披露目』までに芸能界に入ってしまえば、パパみたいに役員人事から外れるかもしれないけど、絶対とは言えないんだよね」
「……めんどくさ……」
浬は本当に興味がないのだろう。雅は苦笑いするしかない。少し成長してますます樹に似てきている浬は見た目にも、その魅力を増してきている。CMの仕事もこなしながら、学業においても、劣ることない成績を残している。
こういったマナー講座的なものは、嶺岸コーポレーション全体の後継者候補が集められて、面識を持つことも想定した顔合わせも兼ねている。その頂点にいる嶺岸家三男の長男として、総裁の器を持つ、と言っても過言ではない。
現在は樹の長兄が総裁をしている。その次世代の候補者はまだ決定していない。長兄のところに候補者2人、次兄のところに3人、そして三男のところに2人のαがいる。浬や昶はその中でも最年少の部類に入る。
会長である樹たちの父親が見極めて決める。それが代々嶺岸家で受け継がれる後継者決めになっていた。自分の子供では贔屓目が出てしまう。だから孫を見る祖父の立場で、その中から1人を選出するのは難しい話ではあるが、そのマナー実習の中でも祖父の目は光っている。
言われて直ぐに対応できるかどうか、食べ方が綺麗かどうか、箸の運び、様々な所作まで見られ、その育ちまで見られてしまう。雅の教育方針についてまで口を出されたくない浬はついついマナーを気にしてしまう。
厳しく育てられてるわけではないが、父親が芸能人、産みの親が一般人で令嬢でもなんでもない雅はそれなりのマナーの手本を見せてくれていたし、食べる所作などはとても綺麗だった。
それを真似ていれば、なんの問題もなくこなせることではあるが、それが自分の価値を上げてしまうことには納得が出来ないが、雅の顔に泥を塗るような真似もしたくはない。そんなジレンマの狭間にいた。
――この人を守るためにぼくはどう振る舞うべきなのか……
ため息の中にはそんな気持ちも含まれていたが、グループの総帥になりたいわけでも、会社の社長になりたい訳でもない。将来何になりたいか、なんて決まってはいないし、そんなものを決めつけるには世間を知らなすぎてると自分では思っている。
ニコニコと微笑みを浮かべながら、食事風景を見つめている祖父が、その眸の奥では笑っていないことを浬は見抜いている。そんな化かしあいになんの意味を持つのか、理解出来そうにない。戦線離脱をしたいところだが、芸能界に骨を埋める気も起きない。
ただ、雅の作るものが好きで、それを一緒に作ることが楽しいだけだ。いかに綺麗に服を見せ、憧れを抱かせられるか、嫌味ないモデルを可愛く演じられるか、今はそれだけしか考えていない。夢妃たちもそうだと思っている。
彼女たちも親の為にモデルをしている。たまたま見た目良く生まれたのもあるが、それはお互い様だ。例え、自分が嶺岸樹のコピーと言われようが、それがいい男ランキング上位に君臨してる男と同じ容姿なら、それを利用しない手はない。全て受け継いでればいいのに……
『運命の番』がいるとしたなら、あの人にとことん似ていて欲しい。そうでなければ愛せない。
どうして、あの人から生まれてきてしまったんだろう……
どうして、同じ世代に生まれて出逢えなかったんだろう……
あんな男より愛して慈しんで大切にしていく自信ならあるのに……
年齢を重ねればもっとこの感情が落ち着くと思っていた。けれど、より大きくなっていく感情をコントロールすることまで増えてきた。
――なんで親子なんだよ……
より深いため息が疲れきった身体に落ちた。
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