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第192話
ベッドルームのベッドは一人で寝るには広すぎる。樹は外泊ロケが増えて来ていて、帰ってきても早朝だったり、1週間帰ってこない、などもざらになっていく。
どうしてもやってくる『発情期』に休みを取ってくれることもあれば、それすら難しい時もでてきた。あと、女性の生理と同じで『発情期』が来なくなる時期がそのうち来るだろうが、やっぱり、躰が寂しくなる時はある。
薬で抑えていても、人の欲求というのは怖いものだと思う。自分の血液から作られた抑制剤もかなり効果はあるが、まだ実験段階で、薬として承認されるには時間がかかるらしい。
血液が薄くなってしまって血が取れない時もたまにあるから、そういった時には保存されているものを使って実験や化学式を組上げたり、と賢祐のところの研究チームも頑張ってくれているが、玉妃が期待している姉を娼館から引き上げさせるにはまだ、開発が必要だった。
血液提供をした日は帰宅してからも気怠さが残っているのを家族が気づかない訳もなく、最初の頃はレバーやらほうれん草などを樹が調理してくれていたが、最近は樹がいないことの方が多く、浬がキッチンに立ってくれることが増えてきた。食事作りの際に話していた間も無駄に話をしていた訳でもなかったようで、一通りのレシピを頭に入れていることにも驚かされた。
「すごいね、浬、見てただけなのに、ここまで再現出来るなんて、浬はなんでも出来るね」
そう言って微笑むと、少し頬を染めて照れてる様子を見せる。それが子供らしくて余計に微笑ましく思えてしまう。
薬が正式に出来上がっても、自分の血液がベースとなるなら、その薬を量産するためには、生涯血液を提供することになるだろう。他にも同じような境遇で『特殊Ω』の人が研究に協力してくれれば、多少は変わってくるだろうが、だいたいは囲われてしまっていて、優秀なαを産むために酷使されているのが実情だ。
Ωというだけで、政略結婚に使われたり、必ずαを産む存在としての認識が高い。
その前に『運命の番』と出逢ってしまったりしたら、自分のαを産ませられなくなるからこそ、閉じ込めて子供を産ませて、自分だけのものにするαとΩの間には愛などというものは存在しない。発情期に強引に番にしてしまえば、運命の番が現れない限り、一生をその相手に注ぎ込み子供を産み、用済みになったら放置されて、番の解除もされないまま弱っていく。
Ωが一途な生き物なのは、その人の人間性ではなく、躰がそういう仕組みになってしまうのだから、そういった意味では悲しい生き物だ。
地位、名誉、金、それに縋りつこうとするΩも多い。薬が良くなって、抑えられる効果が多くなったとはいえ、まだ完璧では無い。
相手をしてくれるなら誰でもいいわけじゃない。番以外との性交渉は拒否反応が出てしまうからだ。同じ捨てるにしても番を解除してくれるαはまだ、優しい方だと言えるだろう。
そういった人たちが助けを求めるのが娼館になってしまうけれど、番の解除もされないままで駆け込んでも、ただでさえ弱っている躰に拒否反応が強く出て命を落とす場合も少なくない。
せめて、Ωにももう少し人権があれば、と思ってしまう。αとΩの関係性は獣のそれに似ている。家族であろうが、兄弟であろうが、フェロモンにあてられてしまうと躰の関係を結んでしまう。欲求を満たす為に相手を選ばない。
だからこそ、αだらけのこの家で唯一のΩである雅は樹以外との性交渉は出来ないというのに長男の浬は本気とも受け取れる視線で見つめてくることが多い。昶にはそれが見られないのに何故?と思うこともあるが、応えてあげることは出来ない。親子であり大切な息子であるからこそ、『この人』という人を見つけて欲しい。
「……はい、薬。今日は貧血気味だろうから少し多いんだね。鉄剤ってどれ?」
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