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第4話
怒りに打ち震えるヴィスナーの獣人に対し、皇妃が亡くなったのは不幸な事故であったこと、さらに事件のあった場所はヘルブスト国内であり、皇妃にも非はあったこと。
それらを冷静に説明し、報復や、戦に繋がることがないよう獣人たちを諫めたのだ。
ヘルブスト側が用意していた賠償金も断るという、その対応に国王はいたく感激し、未開の地であったヴィスナーへの印象はヘルブスト国内でも向上した。
「そう、それで、その埋め合わせってわけじゃないんだけど。ヴィスナー側から、新しい皇妃をヘルブストから迎え入れたいという話がきてるんだ」
「え……?」
「しかもその条件がハイデンベルクに在学している者の中で、っときたもんだ。長く他国と国交もなかったし、ある程度教養のある人間がいいってのが表向きの理由らしいが……まあ、さすがの陛下も顔色を悪くしてたな」
確かに学院に在籍している人間であれば、文化資本も高く、他国の王侯貴族の妃となるには申し分はないだろう。けれど、将来が約束された彼女たちが虎族の国へ嫁ぐことを受け入れるだろうか。
特に、ハームンドの言うように、身分の高い者ほど虎族を恐れ、そして見下している者は多い。
「希望者を募ったところで、どうせ出てこないでしょうしね……」
「ったく、これだから高慢ちきな貴族どもってのは。ヴィスナーは寒さこそ厳しいが、文化的にも発展してるし、ヘルブストよりずっと豊かなんだけどな」
アウグストは、ヘルブスト人で唯一ヴィスナーへ滞在をしたことがある人間だ。そのため、ヴィスナー国内の様子もよく知っていたし、授業の合間によく話して聞かせてくれた。
「あと、やっぱり噂になっている皇帝の姿にも問題があるんじゃないでしょうか?」
「皇帝って、ファリド殿か?」
「はい。ここ数年、国交を結んだ国の人間が言うには、それは二度とは見られない醜悪な姿をしているとか、恐ろしい容姿だとか……」
「人の姿をとっていてもか? 何かの間違いじゃないだろうか? 何度か謁見したことがあるが、俺ほどじゃないがなかなかいい顔をしていたと思うぞ?」
「叔父上こそ、人違いじゃないんですか? そんな話、聞いたことがありませんよ? まあ、それくらいヴィスナーの情報は少ないのですが……」
「確かにな。教養があって、ヴィスナーへの偏見もなく、気立てのよい人間か……」
呟いたアウグストが、ちょうど目の前に座っているノエルへと目を向ける。
じっと見つめられ、ノエルがわずかに怯むと、アウグストが弧を描くように口の端を上げた。
「なんだ、これ以上ないほどうってつけの人材がいるじゃないか。ノエル、お前ヴィスナーに」
「叔父上!」
アウグストが言い終わる前に、ハームンドが遮断する。
「なんだよ、ノエルはヴィスト語も堪能だし家柄も悪くない。性格だっていいんだから、今回の話にピッタリじゃないか。な? ノエル」
「へ?」
「お前、いつかヴィスナーへ行ってみたいって言ってただろ? これを機会に行ってみればいいじゃないか」
本気なのか冗談なのか、アウグストに言われ、ノエルは慌てて首を振る。
「む、無理です……! 僕に、そんな重責は務まりません! それに何より、僕は男ですし……」
「ああ、妃っていってもヴィスナー側は嫁ぐ相手は男でも女でもかまわないって話だったぞ。亡くなった皇妃の子もいるからな」
かつては後宮もあったヘルブストとは違い、歴史的にヴィスナーは一夫一妻制を取っている。
同性婚も許されているが、後継者が必要な皇帝の場合は妃は女性というのが通例だ。
ただ、今回の場合はすでに正統な後継者もいることから、性別は問われていないのだろう。
「な? 悪い話じゃないだろ?」
「ふざけないでください!」
ノエルが口を開く前に、アウグストの言葉は隣にいたハームンドが否定した。
「ノエルはジークフリートの婚約者で、近い将来は王太子妃になる人間です。そんなノエルを、ヴィスナーに行かせられるわけないじゃないですか!」
額に手をあてたハームンドが、わざとらしくため息をつく。
それに対しアウグストは、切れ長の瞳を訝し気に細める。
「婚約者、っていってもなあ……未だ婚約の儀も終えていなければ、亡き母君との約束で仕方なく婚約してるだけだろ? これを機会に、なかったことにしてしまえばいいんじゃないか?」
アウグストの言葉に、ノエルの胸がツキリと痛む。
「バカ王子も大好きなクリームヒルトを晴れて王太子妃にできるし、万々歳じゃないか。よし、国王陛下には俺から」
「叔父上」
先ほどまでとは違う、冷えたハームンドの声に、アウグストも言葉を止める。
「いい加減にしてください。ジークフリートが本当にノエルを疎ましく思っているなら早々に婚約を解消しています。ヴィスナーへ行かせる人間を選出するのだって、絶対にノエルが選ばれることがない方法をジークフリート自身が決めたことを、ご存じですよね?」
「だろうな。だが、それならもうちょっとノエルへの態度を改めるべきなんじゃないのか?」
「それは……」
「まあ、お前に言っても仕方のない話だな。これ以上話しても堂々巡りだ。ノエル」
「は、はい」
「別に婚約解消はジークフリートの側からじゃなく、お前の方からでもできるんだ。その場合は俺も口添えしてやるから、遠慮するなよ」
「はい……ありがとうございます」
アウグストの言葉にハームンドは何か言いた気ではあったが、口を挟むことはなかった。
その後は上手くハームンドが話題を移したため、穏やかな雰囲気で昼食を終えることとなった。
けれど、ノエルの心は晴れないままだった。
「ノエル」
昼食を終え、二人でアウグストの部屋から出ると、すぐさまハームンドが声をかけてきた。
「これは、しばらく他の生徒たちには知らされない話だから、できれば内密にして欲しいんだけど」
ハームンドにしては珍しく歯切れの悪い様子に、ノエルはゆっくりと頷く。
「ジークフリートの意見で、ヴィスナーへ行く者は、学科試験の結果で選ぶことに決まったんだ」
「……試験で、上位の者から、ということですか?」
慎重に、言葉を選びながら尋ねれば、ハームンドは苦笑いを浮かべて首を振った。
「違う、逆だよ。選ばれるのは、最下位の者だ」
ノエルの瞳が、大きく見開いた。
「どうしてか、わかる?」
小さく首を振る。
「成績首位である君が、絶対に選ばれることがない方法だからだよ」
言われている意味が、すぐには理解できなかった。
「どうして……」
「他の人間は、君の学年で首位をとっているのは、クリームヒルトだと思っているだろうね。実は、俺も学院にいた時にはそう思っていた。だけど、本当の首位はノエル、君だろう?」
ハームンドの言葉に、ノエルは黙って頷く。
学院の成績は、レポートや試験を総合的に判断してつけられ、自身の成績は知ることができるが、開示されることはない。
「卒業して、ジークフリートに聞いた時には驚いたよ。ごめん、正直、そんなふうには見えなかったから」
「いえ……」
勉強は好きでも、喋ることが得意ではないノエルにとって、人前で発表することはとても大変なことだった。
いつもつっかえてしまったり、しどろもどろになってしまうため、ハームンドのように思う人間は少なくないだろう。
「だけど、ジークフリートはちゃんと知ってたよ。ノエルのレポートも、必ず目を通していたし」
「……そう、なんですか?」
初めて聞く話に、ノエルは目を瞬かせる。ジークフリートが、自分に対して関心を持っているとは思わなかったからだ。
「うん。あのね、ノエル。叔父上の言うことはもっともだし、ジークフリートにも大概問題はあるんだけど。でも、あいつは義理や同情で自分の妃を選ぶ人間じゃないから。それだけは、覚えておいて」
それだけ言うと、ハームンドは励ますようにノエルの肩を軽く叩き、逆方向へと歩いていった。
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