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第4話
† † †
「大丈夫か、アイ。ドンパチは初めてだったろう」
車中、金剛寺が猫なで声で隣に座るアイを気遣う。
「はい、大丈夫です、ご主人様が傍にいてくれたから」
金剛寺のもとに来て二ヶ月が過ぎた。金剛寺がどんな人間かもだんだんわかってきた。要するに持ち上げてやればいいのだ、なにかにつけ。
ふと前方からの強い視線を感じ顔をあげた。バックミラー越しにシエンがこちらをじっと窺っていた。
アイの中に疑惑が湧く。
本当にあの狙撃は偶然だったのだろうか。
この街で、無謀にも鬼龍会会長を狙う対抗組織がいるとは思えない。
大陸系の者かとも思うが、龍幇とはついさっき商売をしようと交渉を始めたところだ。互いの利益は一致している。決裂したならともかく、無駄に争おうとするなど考えにくい。しかしそのことを知らないはぐれ者が動いた可能性はある。
でも、なんのために。
この国の闇の支配者である鬼龍会を怒らせて、いったいどんな得があるというのだろう。
それとも金剛寺を恨んでいる者の復讐だろうか。その線なら特定できないくらい山ほどいるだろうが――。
「あ、やぁ……」
突然、出かけに後孔へ埋め込まれたローターがヴィィと微かな音をたててアイの中で振動を始めた。
「う、う……」
「アイ、今日はよくやった。褒美にお前もよくしてやろう」
金剛寺のねばっこい声が耳にざわりと障ってくる。
まさか、鮫島どころかシエンもいるここで?
しかし金剛寺はアイの想像を絶する変態野郎だ。むしろこの状況を楽しむつもりだろう。
「ううっ」
アイは下腹に貞操帯を装着されている。オメガを前にしたアルファが理性をなくし、アイに突っ込むことのないようにだ。金剛寺は悪趣味な上に、独占欲もこの上なく強い。
自分がアイを抱けないから、同じように他の誰にも抱かせたりしない。しかしそれは歪な形でアイを苛む。
気に入りの玩具はとことん遊び尽くさないと気がすまないらしい。
弄ばれるアイはたまったものではない。
間断なく前立腺を擦り続けるローターに、否応なく快感を与えられ、アイは身悶える。
「は。ぁあ……っ」
嫌だ、こんな姿を見られたくない。
ちらりと上気した顔で前方を窺う。
鮫島はすっかり慣れて素知らぬ顔でハンドルを握っている。ベータの鮫島はアイの痴態に、あまり反応をしめさない。
しかしシエンは――。
「はぁ……んっ……」
快感が増すと、ヒートでもないのに身体からオメガのフェロモンが発せられるらしい。
シエンはアルファだ。その中でも、今まで嗅いだことのないあまい匂いを漂わせている。金剛寺にいくら性的に攻められても、こんなふうに感じたことなどないというのに、今、アイはローターだけでなく、煽るようなアルファの匂いに官能を引きずり出されている。
まさか、自分がこんなに淫らだったなんて信じられない。
今までだって、何度もアルファと接してきた。中にはアイに煽られラット状態になった者もいる。
しかしアイには金剛寺によって貞操帯が嵌められている。狂ったようになるアルファをアイはいつも冷静にあしらってきた。
それでもしつこくすれば金剛寺が容赦なく追い払った。アルファへの奉仕も、ただの性器の摩擦だと、その程度のことなのだと、自分に言い聞かせてきたのだ。
しかし今、アイは頭の芯から蕩かされるような感覚を味わっている。
こんな、アルファのフェロモンが、麻薬のように脳髄を痺れさせるなんて。
初めての快感を貪ろうとする身体に、理解が追いつかず混乱する。
「ご、しゅ、じん、さま……っ、も……っ」
とにかく欲に熱く疼く下半身をどうにかして欲しいと思い、隣の金剛寺に懇願する。すると金剛寺は首に提げた貞操帯の鍵を手にすると、アイの下腹から頑丈な革のそれを外した。
「よしよし、もう我慢しなくてもいいんだぞ、アイは後ろでイケるだろ?」
エロオヤジの言葉責めが堪らなく気持ち悪い。
それなのに、身体の芯がとろとろと熱く濡れるのはアルファのフェロモンのせいだ。
シエンがラット状態でないのが、せめてもの救いだった。
これ以上強くアルファのフェロモンを嗅がされたら、本当にヒートに陥ってしまう。
と、助手席に座っているシエンは耐えきれないのか車の窓を下ろす。
「よせ」
しかし隣から伸びてきた鮫島の手に制止されてしまう。
「エアコンを入れているんだ。それに声が外に漏れる」
にやにやといやらしい笑顔を浮かべ鮫島が一瞥した。
「……そんな」
シエンが切羽詰まった顔をしているのが後ろからも見えた。アイもくっと眉間の皺を深くする。
平気な顔で運転を続ける鮫島を横目に、シエンがこっそりとポケットに手を突っ込んで抑制剤を取り出し口に放り込んだ。
アイも抑制剤を飲んでいる。それなのに今日は――。いや、違う。
クラブのVIPルームではなんともなかったのだ。これはシエンと同じ空間にいるせいだ。
「あ……っ、はぁ……んっ」
あまい吐息、小刻みに揺れる白い身体、そして官能をかき乱す濃厚な香り。
もう限界だった。
まさかこんな小さなローターで自分が達しようとは。
「あっ……あ、ああああ――っ」
びくびくと中が痙攣し、縛めから解き放たれた花芯からはぴゅうぴゅうと濃厚な淫蜜が迸った。
「おお、逝ったか。アイ、よしよし」
アイの光沢のある白いコートは、今はもうずり落ちて腰のところに溜まっている。
首輪をし、赤い縄で身体中を縛められたアイは極まって、身体を反らしてぴくぴくと身体をひくつかせている。
車内に淫靡なオメガの匂いが強まる。
アイが巻いた太腿の白いハンカチに、さらに血を滲ませて、シエンが傷口を抓りあげる様が目の端にちらりと映った。
「うっ」
シエンから苦しげな呻きが漏れ聞こえた。
初めていたたまれないと思った。
オメガのフェロモンにあてられたアルファがどうなるのか、オメガであるアイはよく知っている。
いくら金剛寺の傍だとはいえ、シエンのような我慢強いアルファは見たことがない。
それにシエンは、おそらく――。
身は快楽に堕ち、しかし心はそれを哀しみながら、アイはぼんやりとシエンの大きな背中を眺めていた。
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