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女性職員の憧れの的。それでいてセン──以外の後輩にも慕われていて、上司からの信頼も厚い。
そんなオキジョーとは対照的すぎるオレが、誰よりもオキジョーの近くにいる。オレとオキジョーが一緒にいることを、変だと思う奴は多いらしい。
センの発言が職場の総意だとすると、だ。周りからすると、オレがオキジョーをムリヤリ傅かせてるように見えているのだろうか?
……確かに、オレは普段から不遜な態度を振り撒いて生きている。愛想笑いと社交辞令なんてもの、オレの辞書にはないからな。
だがオレは悪魔でも鬼畜でもないぞ。なぜならオレとオキジョーの関係は、利害が一致している。むしろお互いにメリットしかない、対等な関係だ。
だが、そんな内情なんて知らない奴等──主にセンからすると、オレがウソを吐いているように見えるらしい。実に、心外だ。
ついでに言うなら、わざわざ訂正するのはメンドくさい。
「オキジョー。朝礼になったら起こして」
センとの会話をムリヤリ終わらせ、オレは目を閉じた。
頭上からは困ったように了承するオキジョーと、キャンキャン吠えるセンの声が聞こえた気がする。
うるせぇ、関係ないだろ。オレとオキジョーは、対等だ。
それでも周りが【どちらかを被害者にしたい】のなら、オキジョーはきっとこう答えるんだろう。
──『被害者はメイの方です』と。
* * *
大荒れで、雪がとめどなく降り込める道路を眺める。そうしてオレは、すぐに気付いた。『これは夢だ』と。
でも、夢だからってジッとはしていられない。夢だと瞬時に気付いたが、それでもオレは隣で蹲る少年を抱き締めた。
抱き締めるオレの体も少年サイズだけど、これはそういう夢なんだから仕方がない。
『オキジョー、泣くな。泣くなよ』
蹲りながら嗚咽を漏らし、小さな体を何度も何度もひっきりなしに震わせる少年は……【あの日のオキジョー】だ。
もう何度言ったのか分からない言葉を、オレはもう一度オキジョーへ伝える。それでも、オキジョーは泣き止まない。
『香 、香……ッ! なんで、どうして……ッ!』
オキジョーもオキジョーだ。オレと同じで、何度言ったのか分からない言葉をうわ言のように呟いている。その声は、いつもの凛として頼もしくも優しい声とは違い、どこまでも弱々しいものだった。
この夢は、もう何度も見た。『小説にしろ』と言われたら、背景も服装もセリフも一言一句違わず正確に記せるほど、鮮明に憶えてしまったほどだ。
今はもういない少女の名前を泣きながら呼び続けるオキジョーを抱き締めて、小さなオレは逡巡する。誰かに世話されることはあっても、誰かに尽くしたことのないオレは、どうしていいのか分からなかったからだ。
──だけど、オレはこの先の展開が分かっている。
ちっぽけなオレは、なんの責任も持たずに……こう言うんだ。
『──オレをカオリの代わりにして。だから、オキジョーは泣くのをやめてくれ』
泣いている人のあやし方なんて、オレは知らない。なぜならオレは泣かないし、泣いている人を見掛けてもスルーし続けたからだ。
──だから、オレは間違えた。
『茨君が、香の代わりに……っ?』
オキジョーが顔を上げてくれたのが嬉しくて、オレは自分が正しいことを言えたんだと本気で思ったんだ。
だから何度も、間違いを言いまくった。
『なる、なるよ。カオリの代わりになる。だから、オキジョーは泣かないでくれ』
それが間違いだったと、今なら分かる。
──だけど、正解がなんだったのか……それは今でも、分からない。
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