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車の助手席に座ってウトウトしていると、ハンドルを握るオキジョーに声を掛けられた。
「森青君が怒っていましたけど、またなにか喧嘩したんですか?」
「知らね」
「あまり後輩を虐めてはいけませんよ?」
ちょっと待て。虐められてるのはこっちだっつの。
閉じていた瞼を開き、隣に座るオキジョーを眺める。運転しているオキジョーとは、当然、目が合わない。
それでもオレはオキジョーを眺めたまま、口を開いた。
「なぁ、オキジョー」
「はい。どうしました?」
「──オレって、お前の負担?」
オレの問いに、オキジョーは表情を崩すことなくサラッと答える。
「──いいえ、まったく」
「──だよな」
それは、分かりきった答えだ。
どいつもこいつも、オレがオキジョーにメイワクを掛けていると信じて疑わない。
オキジョーは確かにいい奴だが、イヤなことは『イヤだ』と言える奴だぞ。オレだって、見た目とか日頃の行いは粗暴かもしれねぇけど、ちゃんと善の心くらい持ってる。
「森青君の言っていたことは、気にしなくていいですよ」
赤信号によって停まったタイミングで、オキジョーはオレへ視線を向けた。
「今日は特に沢山色々言われたんだが、お前が今言ってるのはどれのことだ?」
「彼女と長続きしない理由です。メイのせいではありませんから」
オキジョーの手が伸びてきたかと思うと、前髪を軽く払われる。たぶん外に出た時、風かなにかで乱れたんだろう。どおりでちょっと、いづかったわけだ。
前髪を整えて満足したのかなんなのか、オキジョーが笑みを浮かべる。
「メイにも、そして僕にも関係ない評価です。周りが言いたいのなら、言わせておきましょう」
別に、それは気にしてない。カノジョ云々は、どうだっていい。
──ただオレは、お前の幸せを……。
「青になるぞ」
それだけ言い、オレはもう一度瞼を閉じた。
「もうすぐ着きますから、寝ないでくださいね」
「んー」
日中に少し溶けたのか、朝ほどはツルツルじゃない道路をスムーズに走る。
ちょっとした揺れがなんだか心地良くて、オレはオキジョーの言葉に相槌を打ったくせに、浅い眠りについてしまった。
* * *
少しだけ不機嫌そうなオキジョーに起こされて車から降りると、雪が降ってきたらしい。辺りは、怖いくらい静かだ。
「寝起きなんですから、足元に気を付けてください」
「遠回しに責めてるだろ」
「失礼な。直球のつもりです」
「悪かったよ」
どうやら珍しく、少し怒っているらしい。
だけどオキジョーはオレの腕を掴み、万が一にも転ばないようにと支えてくる。
せっかく除雪したのに、雪が降るなんて災難だ。これだから、北海道の冬は困る。……困るのは、除雪するオキジョーだが。
アパートの階段を上がり、借りている部屋の前まで辿り着く。
「雪、ですね……」
すると、オキジョーが呟いた。完全に、独り言の声量だ。
──だけどその声は、どこまでも寂しげで……。
「オキジョー」
「あぁ、すみません。立ち止まっていたら、寒いですよね」
名前を呼ばれたオキジョーは、慌てた様子で玄関の鍵を開ける。
その手が震えているのは、寒さのせいなんかじゃないだろう。
──だって今日は【あの日】だ。それだけでもうムリなのに、雪なんかが降ったら……オキジョーはもう、限界なんだよ。
部屋に入り、玄関扉を閉める。
暗くて冷たい通路を歩き始めるオキジョーの背中を眺めて、さっきのオキジョーと同じくらいの声量で呟いた。
「──オキジョー、抱いて」
今度はオレが、オキジョーの腕を掴んだ。
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