10 / 47
1 : 7
オキジョーには、妹がいた。沖縄香って名前で、オレらの五つ年下。
どんくさくて不器用で、取り柄と言えば笑顔が可愛いくらいの……ジジババから『めんこい』って言われるような、そんな子供。
オレはオキジョーと幼馴染で仲が良かったから、当然カオリとも面識があった。お互いガキだったし、男とか女とか関係なく三人で遊んだりもしたくらいだ。……比較的、仲良し。
──しかし、そんなカオリが死んだのは【大雪の日】だった。
前がよく見えない中、猛スピードで走っていた車にカオリは撥ねられたらしい。それを知らされたのは、オレとオキジョーが一緒に遊んでいる時だった。
面倒見が良くて妹思いだったオキジョーは、オレの想像以上に落ち込んだ。
オレは【身内が死んだ】なんて経験が無かったし、そもそも一人っ子だから、オキジョーの気持ちを百パーセント理解はしてやれなかった。
『香……香、なんで……なん、で……ッ』
子供相手に思うのも変だけど、子供みたいに泣くオキジョーを見て……オレはどうしていいのか、分からなかったんだ。
モチロン、オレもショックだった。猛烈に悲しかったけど、人間ってのは不思議な生き物だ。自分より狼狽えてる奴を見ると、なぜか冷静な気持ちになった。
思い浮かんだ言葉は、なんともチープ。『大丈夫だよ』やら『元気を出して』やら。当時のオレが反射的に思い浮かべられる言葉なんて、その程度だ。
しかしそんな言葉、言えるわけがない。子供ながらに『それは無責任だ』と分かっていたからだ。
だけどオレは、どうしてもオキジョーに『泣かないで』と言いたかった。
けれど、それだけを伝えるのはダメだとも分かっていたから、必死に言葉を探したさ。
冷静だったけど、気持ちはどこか焦っていて……。だからオレは、どこまでも正解に近い間違いを告げてしまった。
『──オレをカオリの代わりにして。だから、オキジョーは泣くのをやめてくれ』
普通に考えて、オレはカオリになんてなれない。無責任なことを言わないよう心掛けたくせに、口から出たのはなによりも無責任な言葉だったのだ。
でもそれが、蹲りながら泣きじゃくるオキジョーに伝えられる最善の答えに思えた。
──最悪な慰めだったけど、オキジョーは顔を上げたくれたのだから。
戸惑った表情を浮かべていたけれど、最後には涙を止めて。オキジョーはオレを、強く強く抱き締めた。
そして、何度も何度も、囁いたのだ。
『茨君は、僕が守る……っ。香の分も、絶対ぜったい……僕が、守る……ッ』
少しでも、心の隙間を埋められたら。今思うとあまりにもちっぽけで、大それた願いだ。
物理的に考えてカオリの代わりにはなれないけど、カオリみたいに世話を焼かれる対象になれたなら。それだけでも、オレがオキジョーのそばにいる意味がある。……そんな気がしたんだ。
いつからかオキジョーはオレのことを『茨君』じゃなくて『メイ』って呼ぶようになった。それはたぶん、その方が女っぽいからだろう。本人から直接言われたわけじゃないが。
少しでもカオリに近付くためなら、呼び方だって変わっていい。オキジョーがオレを見る目が必要以上に優しくなったって、そんな違和感くらいすぐに慣れてやる。
だけど……模範解答のように思えた提案が、オキジョーを【オレとカオリに縛り付け続ける呪い】だったなんて。
その時は、気付けるはずもなかったのだ。
ともだちにシェアしよう!