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 射貫くように鋭い声が、オレの鼓膜を震わせる。 「なんですか、突然。やめてください、あなたらしくもない」  この声に効果音を付けるなら、たぶん『ピシャリ』だと思う。  まるで子供を叱りつけるような声のトーンで名を呼ばれ、オレはオキジョーに視線を移す。 「なんだよ、オキジョー」 「その書類は僕が書きます。後輩の手を煩わせないでください」  いやいや『煩わせないでください』って。先に『教える』って提案したのはセンだぞ? あと、意欲的なオレに対して『あなたらしくもない』って軽く失礼じゃねぇか?  なんてツッコミは、全部保留だ。オレは思わず、オキジョーに返した視線を鋭くしてしまう。  オキジョーに書いてもらうんじゃ、意味が無い。なんのためにメンドくせぇ書類の記入を覚えようとしてんのか気付けよ、察せよ。  ……全部、オキジョーのためだろうが。 「だはんこくなや」 「駄々なんてこねていません。……森青君。僕が書きますから、メイの言うことは気にしないでください」  突然センパイ二人の板挟みになったセンは、いつもみたいにキャンキャン吠えず、ただただ狼狽えている。 「えっ? でっ、でもっ、愛山城さんが──」 「だったら僕がメイに教えます。……メイも、それならいいでしょう?」  ダメだ。オキジョーじゃ、意味がねぇ。  クリアファイルを受け取ろうと、オキジョーがオレに向けて手を伸ばす。それに気付いたオレは、すぐにオキジョーを睨み付けた。 「──オキジョーがイヤだから、センに言ってんだよ。察しろや」  周りから見ると、オレはオキジョーにメイワクをかけてるらしい。  オキジョーに世話をしてもらって、ずっと一緒に居て、時々セックスして……。この関係に名前を付けるのは、ムリだ。  だからオレは、誰にも説明できない。  幼馴染で親友で、同居人で同僚。家族じゃないけど|カオリ《妹》の代わりで、恋人じゃないけどセックスはする。この関係はきっと……普通じゃ、ない。  だけどこんな関係にしてしまったのは、ガキのオレが言った無責任な言葉が元凶。 『沖縄先輩は優しいから口にしないだけッス!』  本当は、オキジョーにとってオレはメイワクなのかもしれない。そのことには……薄々、気付いていた。  だけどそろそろ『薄々気付く』だけでは、ダメな気がする。もう、本気で考えなくちゃいけない頃合いなのだろう。 「僕が、嫌……っ? それ、どういう意味ですか……?」 「そのまんまの意味」 「っ。……そう、ですか」  オキジョーはオレから視線を外すと、センを見た。 「森青君、すみません。メイに書類の書き方を、教えてあげてもらえますか? 万が一書き方が分からなかったら、僕に訊いてくださってかまいませんので」 「えっ。あっ、う、うッス!」  センの返事を聴いて、オキジョーがニッコリと笑う。……良かった。怒っては、いなさそうだ。 「じゃあ、昼休みに教えるッスね」 「おー、ヨロシク」 「うッス」  クリアファイルを受け取ったセンは、釈然としない表情を浮かべて自分のデスクに置いてあるパソコンに向き直る。オレもオレで、パソコンに目を向けた。  ……余談だが、オレは猫背だ。真っ直ぐに座るのがダルイから、曲げてる。  ──だから、パソコンに隠れたオキジョーがどんな顔をしていたのかは、全く知らない。

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