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オキジョーを勘違いさせて、不本意ながら不安にさせてしまったあの日から、一週間後。……十二月中旬の朝に、ソレは起こった。
「愛山城さん! 愛山城さーん!」
あれからなにかとオレの世話をしているセンが、慌ただしく席に戻ってきているようだ。
ちなみに時間は朝礼前で、オキジョーは便所に行ってて、不在。
始業時間ギリギリまでイスに座って脱力するのが平日のルーティーンであるオレは、デスクに突っ伏したまま、慌ただしいセンの足音と声を聞く。
「なして朝からそんなはっちゃきこいてるんだべさ?」
「えっ? はっ、ちゃき……な、なんて?」
しまった、オキジョーがいない。オキジョーがいたら『どうして朝からそんなに張り切っているのですか?』って、訳してくれんのに。
仕方なく顔を上げ、センに視線を向ける。……相変わらず、センは精悍な顔つきをしてるなぁ。
「んだよ、朝からウゼェな。こちとら寝てんだぞ」
「始業時間前にデスクで寝ようとしてる人に『ウザい』なんて言われたくないんスけど! ……って! そんなのはどうだっていいッスよ!」
人の睡眠を『どうだっていい』と一蹴するとは何様だよ。こちとら、相手はセンパイ様だぞ?
などと口を挟んで話が脱線しまくるのはメンドくせぇから、この不満は口にしない。眉間にシワを作りながら、オレはセンを見上げた。
すると、センはやっと本題を話そうと思ったらしい。立ったまま、オレにだけ聞こえるような小さい声で囁いた。
「──さっき、沖縄先輩が野長 先輩に告白されてたッス……!」
誰だ、ソイツ? ……という疑問よりも、先に。
オレの口からは、声が漏れ出ていた。
「──えっ?」
ノナガサン? って人は、知らない。
でも……センが、告白現場を見てる。
そもそも『先輩』なんて呼称を付けてるから、たぶんこの会社の職員だろう。
そのノナガサンって人から、オキジョーが告白されて……それ、で?
「そう、かよ。……それで? オキジョーは、なんて?」
「それが──」
答えようとして、センが慌てて口を閉ざす。なぜか、センと目が合わなくなった。
オレはすぐに、センの見ている方向に視線を向けた。
「あっ。……オキ、ジョー」
センが見ていたのは、いつの間にかデスクに戻ってきたらしいオキジョーだ。たぶん、今さっき戻ってきたのだろう。
オレと目が合うと、オキジョーはいつもと同じく、柔らかい笑みを零した。
「朝礼前に起きているなんて、珍しいですね?」
普段通りの声と、表情。
──ついさっき誰かに告白されたとは思えないくらい、普通だ。
別に、センがウソを吐いてたなんて思っちゃいない。
オキジョーの見てくれはいいし、身をもって知っているが面倒見もいい。男としては百点満点だろう。
だけどオレは、オキジョーがカノジョを作っていたのを知らなかった。
「起きていてくれているのは、正直に言うと助かりますね。寝ている人を起こすのはやはり、気が引けてしまうので。……なんて、冗談ですよ。寝ていても、僕は遠慮容赦なくメイを起こしますから」
今までも、オレはオキジョーにカノジョがいたなんて知らなかったのだが……それは、なぜなのか。答えは、簡単。
──それはたぶん、オキジョーの態度が……なにも、変わらないからだ。
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