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 自立しようと慣れないことばかりしてきたもんだから、相当疲れていたっぽい。寝不足ということも相まって、いつの間にか眠っていたらしい。目を開いて、そう気付いた。  オレはぼんやりする頭で、なんとか辺りを見回す。  本格的に自分がヤバイと思ったのは、鼻をスンと鳴らした瞬間だった。 「……げんしゅー」  そう、幻臭がするのだ。しかもそれは、オレが食べたくて仕方なかったシチューに似た匂いだった。  それと同時に、幻覚も併発。明かりが見えた。  ……んっ? 明かり? 「なんっ、え……っ」  ついでに、人の気配もする。  ……もしかするとコレは全部、幻なんかじゃねぇのかも。そう気付くと同時に、覚醒しきっていない頭をなんとか働かせ、慌てて立ち上がった。  足元がフラつくが、ンなもん気にしてらんねぇ。ウィンドブレーカーを毛布の上に放り投げて、オレは寝室を出る。  ──するとそこには、一人の青年が立っていた。 「……オキ、ジョー?」 「あぁ、メイ。お帰りなさい、おはようございます」 「あ、あぁ、ただい──いや、おかえ、おは……え?」  ……オキジョー、だ。いつの間に帰ってきたのか、部屋着に身を包んだオキジョーが料理をしている。  鍋をお玉でかまかし──いや、混ぜていた。……まるで、シチューでも作っているような動作じゃねぇか。  オキジョーは火を止めると、困ったような笑みを浮かべてオレを振り返った。 「せめて、着替えてから寝てください。コートもスーツも、皺になるでしょう?」 「あ、わ、悪ぃ。……って、いや、オキジョー? なんで? お前、マジでオキジョーなのか?」 「はい、そうですよ。僕はオキジョーです。それが、どうかしましたか?」 「な、なんで、ココにいんの……っ?」  まだ二十一時だ。ディナーなりなんなり済ませて、ホテルに行ってるくらいの時間だろう? いや、詳しくは分かんねぇけど。  なんにしても、帰ってくるには早すぎるんじゃないか?  オレの動揺が全く理解できないのか、オキジョーは小首を傾げる。 「自分の住んでいるアパートに戻って来て、なにか問題でも?」 「そ、そうじゃなくて……ノナガサン、は?」 「野長さんですか? 別れましたよ」 「はっ? わ、別れ……えっ?」  解散したって意味だろうか。今日はイブだから、本番は明日? そ、そういうもんなのか?  ……だけど、どうやら違うらしい。 「振った相手と一緒に過ごすなんて失礼なこと、僕はしませんよ」 「……ふ、った?」 「はい」  誰が、誰を、なにしたって? ……オキジョーが、ノナガサンを、振った?  振った、って。つまり、あれだ。交際関係の解消って意味、だよな? 「な、なんで……ッ」  当然抱く疑問に、なんでかオキジョーは不思議そうな顔を向けてくる。 「最初から彼女には『とりあえず、数日のお試しで』と話していたので。今日が頃合いかな、と」 「お、お試しってなんだよッ」 「言葉通りの意味ですが。……なにか、おかしいですか?」  オレの恋愛経験がゼロだから分からねぇのか? そうじゃねぇだろ?  なのにオキジョーは、どこまでも冷静だった。

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