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オマケ 2 : 3

 それでもメイは、面倒な僕の願いを叶えてくれようとした。  不機嫌そうな表情はそのままに、メイが口を開く。 「じゃあ、呼ぶぞ」 「え、あっ。は、はいっ!」  えっ? そっ、そんな、急にっ? 思わず、姿勢を正す。  くる、呼ばれる。ドキドキと高鳴る胸を静めることもできないまま、僕はメイと見つめ合って──。 「こほん! ……ワカ?」 「権力者じみていて嫌です」 「じゃあ、トモ?」 「まぁ『ワカ』よりはいいですけど……」  あ、あれ? おかしい、なぜでしょう。どうしてそうなったのですか?  森青君みたいに呼ばれたかったのに──あっ、そういうことか。二文字、という意味でメイは捉えたのだ。気付くと同時に再度、僕はメイと向き直る。 「違います、メイ。僕は『二文字で』という意味で強請ったのではなくて……」 「ンだよ、違うのか」  もしかして、メイが森青君を下の名前で呼ぶのは……苗字よりも圧倒的に、下の名前が短いから? そう考えると、今のやり取りも納得だ。  だけど、そういうことなら。……うん、大丈夫。メイらしい理由だ。僕はきっと、明日からはヤキモチなんて不毛なものは──。 「──ワカトモ?」 「──っ!」  突然、鼓膜を揺すった甘美な声。僕は反射的に、息を呑んでしまった。  小首を傾げてほんのりと上目遣いの様子で、メイが僕の名前を初めて呼んでくれたのだ。  不意打ちの、ファーストネーム。こ、れは……っ。なんと言うか、その。かなり、破壊力が……っ。  胸が高鳴った僕は、きっと赤面くらいしてしまっていただろう。自覚ができてしまうくらい、頬が熱くなった。  ……うれ、しい。嬉しい、嬉しすぎる。メイが本当に僕の名前を憶えていてくれて、しかも呼んでくれたなんて。よし、今日の夕食は豪勢にしよう。今日は記念日ですっ!  などと感動をしていると、どうやら発信者のメイにも思うところがあったらしい。 「なぁ、ワカトモ。ひとつ言ってもいいか?」 「あっ。う、は、はい。なんでしょうか?」 「お前の名前が、さ。オレにとっては……」  心臓が、騒ぐ。開けられた間にさえ、僕の胸は騒いでしまった。  僕の名前が、いったいなんだろう。もしかして、褒めて──。 「──すっげぇ呼びづらい。口がまごつく」 「──はいっ?」  まさかの、駄目出し。しかも、かなり本気の様子で。  もしかしてこれは、メイなりの照れ隠し? そう思い、チラリとメイを見ると……。  ──いや、違う! メイの、メイのこの目は……! 「ヤッパリ、オキジョーはオキジョーだな。なまらしっくりくる。ん、お前はオキジョーだ。オレが保証する。お前は名誉オキジョーだ」 「そ、そう、ですか」  ──心底面倒がっている!  と言うか、なんですか【名誉オキジョー】って! あまり、と言うか全く誉れみを感じませんけどっ? 「っつぅわけで、これからもオキジョーはオキジョーだ。文句あるか?」 「いえ、文句はありません……」 「不満はありそうな目だな」  そこまでは言いませんが、多少の寂しさはありますよ。……とは、言えない。  しかし、長い目で見てみたらどうだろう。メイに下の名前で呼ばれるようになってしまったら、僕はきっと呼ばれる度に感動してしまう。そしていつか、かえって『オキジョー』呼びが懐かしくなるかもしれない。  ここは、素直に現状を選ぼう。メイが僕の下の名前を憶えていてくれただけで、大発見と感動だったじゃないか。  僕はそっと、心のメモリーにメイが口にした『ワカトモ』という響きを記録した。

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