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夏は青い草がよく伸びる。一日の授業終了のチャイムが鳴るのが待ち遠しかった 。草を踏み潰しながら講堂へ走った。
中学生の藍季にとって部活動こそが青春のすべてだったのだ。
バレー部に入ったのは、当時の三年生に誘われたからだ。元々身体を動かすのは好きだったが、バレーボールにのめり込むのに時間はかからなかった。
この地域は田舎で男子バレー部のある中学校は少なかったが、藍季のチームは最初は県大会に出場することすらできないレベルだった。
しかし、三年生に上がる頃には県大会で勝ち進めるようになっていた。それはエースの存在が大きかった。
身長も高く、センスも他の部員達とは違う。──そんな佐山は同級生でありながら、藍季の憧れだった。
中学最後の夏の大会。今年こそは県大会で優勝して地区大会へ行こう。それが合言葉だった。
だが、その願いは佐山によって裏切られた。
「……何してんだよ」
コートに転がるボール。観客の声。蒸し暑い体育館の熱気。そのくせ背筋は冷たかった。
「なんでボール落としてんだよ」
藍季は佐山を睨み、唸った。
せっかく皆で繋いで上がったトス。佐山はスパイクを打たずに、床に落とした。
「佐山っ!」
「あい」
佐山はぼそぼそ喋った。エースのくせに性格はおっとりしていて、あまりにものんびりしているのでチームメイトからよくせっつかれているような奴だった。しかし、コートに入れば驚くほど頼りになるのだ。
その佐山は、授業中のような眠そうな目で、藍季を見下ろした。
「あい、俺達には、無理だよ」
勝てない、諦めよう。
そんな台詞、お前から聞きたくなかった。
ずきり、という膝の鈍痛に眉を寄せる。ゆっくり瞼を持ち上げる。
さあー、という小雨の音が聞こえた。
相変わらず、同じ布団にでかい佐山が収まっている。狭いし暑苦しい。早く佐山用の布団を買い与えなければ。
藍季は、まだ惰眠を貪る佐山を踏み越え、着替えを済ませた。
トーストを焼き、マーガリンを塗って齧るだけの食事を取り、会社へ行く準備をする。
欠伸が漏れる度にまだすやすや眠る佐山を呪いたくなる。ていうか、佐山を住まわせるようになって二週間。仕事から帰ってきても休みとか日も常に部屋にいる気がするが、ちゃんと職探しはしているのだろうか。テーブルに求人広告が積まれているところを見ると、何かしらアクションはしているらしいが。
出ていく前に、佐山の頭の前に仁王立ちした。
「おら、起きろ」
その頭を掴み、がくがく揺らす。佐山はううっと呻いた。
「俺もう出るから」
「……んん」
佐山は唸りながら布団にもぞもぞ潜り込んだ。起きる気なんてないのでは。
ち、と舌打ちし、諦めて佐山から手を離す。
果たしてこんな様子で社会に出れるのだろうか。
「食パン置いとくから起きたら食えよ。あと足んなかったらゆで卵あるから適当にしろ」
図体はでかい佐山の腹を満たせる量かは謎だが、文句を言われたことはない。
「あい、朝はご飯派じゃなかったっけ」
布団から顔を半分覗かせた佐山がぼそぼそ喋る。
「そんなこと、いつ言ったっけ?」
「中学の時」
話した記憶はないが、確かにご飯派である。元々は喋るのが好きで、会話のテンポがゆっくりな佐山にお構い無しにほぼ一方的に話しかけていたことはよくあったので、そんな話もしたのかもしれない。
「ご飯がいいけど、朝から用意するのは面倒なんだよな」
白米の方がパワーは出るのだが、結局トーストや外でコンビニやモーニングで済ませてしまうのだ。
ふーん、と欠伸まじりの相槌が聞こえてきた。話しかけてきておいて、自分はお眠か。
腹が立ったので、布団を勢いよく捲り上げてから会社へ向かった。
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