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「やっべ、遅くなった!」
仕事終わりに上司に掴まり、「明日休みだし飲みに行こう!」と居酒屋に連行された。とはいえ若手の藍季はほとんど飲めず、べろんべろんに酔い潰れた上司を介抱し、タクシーに詰め込んで、帰路につけたのは深夜だった。
こういう時、会社の近くが飲み屋街でよかったと思う。自宅が近い藍季にとって終電の心配をしなくていいのは助かる。かといって、遅くなってもいいわけではないのだが。
「飯、飯……」
コンビニに駆け込み、ガラガラの陳列棚から弁当を選ぶのは早々に諦めてカップ麺を六個ほど選んでカゴに突っ込む。
少しではあるが一応ツマミを腹に入れた自分とは違い、恐らく佐山は何も食べていない。
電話を入れてやればよかったのだが家電は繋いでいないし携帯代を払えない佐山のスマホはただの時計である。
会計をし、コンビニを出た藍季は早足でマンションを目指した。
自分の部屋の鍵を開ける。玄関はまだ電気がついていて部屋は明るい。佐山はまだ起きているらしい。
「佐山……生きてるか……?」
まさか空腹で倒れていないだろうか。恐る恐る部屋を覗いた。
──いない。
佐山の姿はない。ベッドとソファどちらにも転がっていないし、ついでに床にも倒れていない。風呂かトイレだろうか。
「あい、おかえり」
「うわっ!?」
背後から声をかけられ、飛び跳ねる。いつの間にか佐山が後ろに立っていた。
「いきなり声掛けんなよ!」
「ごめん、あい」
佐山に見下ろされ、複雑な気分になる。昔から身長だけはでかいヤツだった。藍季もそこそこ伸びた方だが、こうやって見下ろされると少々悔しいというか複雑な気分だ。
「あい、食べてきた?」
「あ?ちょっとは食ってきたけど」
「じゃあ、ご飯いらないか」
佐山はとぼとぼとテーブルに歩み寄り、鍋を持ち上げた。
「……鍋?」
藍季が鍋を用意した覚えはない。
「ちょっと待て」
キッチンへ運ぼうとした佐山を止め、鍋の蓋を開ける。甘辛い香りがふわっと立ち込める。
「あいがくれたお金の残りで材料買って、すき焼き作ってみたんだけど……いらないよね」
俺が明日食べるね、と佐山はさっさとキッチンへ運ぼうとする。
「ちょ、ちょっと待てよ!」
佐山の腕を掴み、引き止める。
「食う」
「え、でも食べてきたって」
「あんま食ってねーんだよ。飲みに行くってったって、あんなもん上司のお守りだかんな」
佐山から鍋をひったくり、テーブルに戻す。
「……お米も食べる?」
「炊いたのか?」
佐山はこくこく頷いた。食べる、と答えると、パタパタとキッチンへ入った。炊飯器を開け、茶碗にご飯を盛る。「はい」と佐山は茶碗とすき焼きを取り分ける器をテーブルに置いた。
「お前、盛りすぎだろこれ」
いわゆるマンガ盛りにされた白米を前に思わず吹き出す。
「え、でもあいならこれくらいは食べるでしょ?」
「いつの話だよ。もう運動してねーし、そろそろおっさん予備軍だし」
てんこ盛りのご飯に文句を言いつつ、溶いた生卵にすき焼きの牛肉をくぐらせ、ご飯と共に口へ放り込む。じゅわりと口の中ですき焼き特有の風味が広がる。ご飯も美味い。コンビニ弁当じゃない温かい白米は久しぶりだ。というか、我が家の炊飯器が動いていること自体久々だ。
それにしても普段ぼーっとしているこの男、意外にも料理ができたのかと関心する。下手したら自炊挫折組の藍季より作れるのでは。少なくとも自力ですき焼きを作ろうとしたことはない。
「なあ、佐山。このすき焼き──」
ふと頭を上げ、佐山の顔を見ようとした。
そこには、ふにゃふにゃに微笑む佐山の顔があった。
無表情ではないがぼんやりした顔をしていることが多い佐山が、こんなに表情が崩れているのは、拾ってきてから初めて見たかもしれない。
お前、そんな顔もできたのか。
そんな感想を抱いてしまった。
そんな顔をして見られているのがなんだか恥ずかしくなり、それを誤魔化すように慌ててご飯をかき込んだ。
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