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佐山千草には好きな人がいる。 同じバレーボール部の同級生、早瀬藍季。それが千草の片想いの相手の名前だ。 中学一年生の時に同じクラスになり、何故かバレーボール部に引っ張っていかれた。そのまま何故か流されるように入部し、気がつけばもう三年生になっていた。 千草はバレーボール部になんて入るつもりはなかった。昔から大人しく、どちらかと言えば本を読んだり絵を描いたりしている方が性に合う。 根性はないと自覚していた。だから、バレーボール部の練習で何度泣いたか分からない。 でもその度に藍季が慰めてくれて、励ましてくれた。千草の根性なしを責めるわけでもなく、ただ隣にいてくれた。 そんな人は初めてで、藍季のために引退まで頑張ろうと決めた。泣きながら何とかしがみついた結果、三年生に上がる頃にはエースと呼ばれるようにまでなっていた。 藍季がいたから頑張れた。藍季のために頑張ろうと思った。 藍季が「今年が最後だ!今年こそ県大会優勝して地区大会行くぞ!」と張り切っていた。 藍季のためにも、もちろん千草もそのつもりだった──あの日までは。 「わりぃ!俺今日は用あるから先帰るな!」 藍季が急いだ様子でバタバタと部室を飛び出していった。 今まではほとんど毎日一緒に帰っていた藍季は、最近こうして時々慌てて帰るようになった。俺ら三年だし高校受験だし、塾とかじゃねえ?と他の部員は言っていた。 高校かあ、と千草はまだ他人事のように思っていた。でも藍季と同じ高校に行ってまた一緒にバレーができたら楽しいだろうな、と思った。 「あ、早瀬のやつノート忘れてんぞ」 慌て過ぎて鞄の中身をぶちまけた時に入れるのを忘れたのだろう。しかも宿題の出ている数学のノートだ。 「俺、追いかけてみるよ。今からなら間に合うかもだし」 ノートを引き受け、千草も部室を後にした。追いつけなければ家に届ければいいのだ。 学校を出て少し走ると、遠くの方で藍季の背中が見えた。ほっとする。間に合ったようだ。疲れていたが、最後の力を振り絞って加速する。 しかし、真っ直ぐ進むのかと思っていた藍季は角で曲がってしまった。藍季の家はそっちではない。 「…………?」 千草も角を曲がる。そこには小さな整骨院があった。藍季の姿がない。見失ったらしい。ノートは郵便受けに入れよう。そう思って引き返そうとした。 「──早瀬さん、どうぞ」 整骨院から聞こえてきた声に、えっ、と振り返る。僅かに隙間のあった窓から声が漏れてきていた。 藍季がそこにいる?なんで、整骨院に? 「──まだバレーしてるの?」 「大会までは頑張りたいんです」 藍季の声だ。会話の合間に「いってぇ……」と呻き声も聞こえる。 「整形外科で診てもらったんでしょ?膝、手術した方がいいって」 ──え? 手術? すっと血の気が引く。 初耳だった。そんなこと、藍季から聞いたことない。怪我をしていることすら。 「ほらー、また腫れてるし。もう限界なんじゃない?このまま続ければ膝が完全に壊れてしまうかもしれない。でも今手術すれば高校でもバレーできるんだよ──」 「高校じゃ意味ないんスよ!中学最後の大会なんだ。アイツらとじゃなきゃ……!」 気づけば、千草はボロボロと涙を零していた。手の甲で拭う。泣いている時、いつも慰めてくれる藍季はここにはいない。 「……あいの、膝が壊れる……」 嫌だ。藍季がバレーに誘ってくれなきゃ今の千草はない。藍季には高校へ行ってもこの先もずっとバレーを続けて欲しい。 自分達と最後まで試合に出たいという藍季の気持ちは嬉しい。 でも、藍季がボロボロになってしまうことの方が千草には耐え難かった。 思えば、夏が近付き暑くなってきたというのに藍季はずっと長ジャージを履いたまま部活動に参加していた。練習試合の時はユニフォームの短パンだが、誰よりも早く着替えていてすでに膝にバレー用のサポーターを装着していた。藍季の膝をずっと見ていない。 悔しい。一番そばにいたのに藍季の異変に気づけなかった。 「あい……ごめんね……」 嗚咽を漏らしながら、家に帰る。ノートを藍季に渡すという目的はすっかり忘れていた。もうそれどころではなかった。 ──自分には何ができるのだろう。 頭の中を黒いもやもやがずっとぐるぐると回っていた。 「……何してんだよ」 セッターの上げたトスを千草はスパイクも打たず、ただ見ていた。てん、とコートに転がるボールを、藍季が信じられないという目で見ている。 「なんでボール落としてんだよ」 藍季の唸り声が聞こえる。ああ、怒ってる。妙に他人事のように思えた。 「佐山っ!」 「あい。俺達には、無理だよ」 ごめん、あい。ごめんね。俺を恨んでいいから。だって、俺はあいに壊れて欲しくなかった。 「勝てない、諦めよう」

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