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第二章 ボーダーライン9
「マサくん、何か飲む?」
「待て、宏輝」
キッチンに向かおうとした宏輝を、将大の低い声が呼び止める。
「どうかした?」
宏輝は振り返り、言葉を失う。将大の手にストーカーが残していったカードが握られていたのだ。どんな文面だったのかは覚えていない。いや、違う。三日後に会いにくるという、いわば犯行予告の内容が書かれているものを、将大に見られてしまったのだ。
「見ないで!」
宏輝は将大に飛びかかり、カードを奪い取ろうとする。しかし長身の将大には届かず、悔しさと恥ずかしさで唇を噛む。
「これは何だ?」
「……マサくんには関係ない。返して」
「宏輝、お前が悩んでいたのはこのことだったのか? 送り主は誰だ? 女か? それとも男か?」
「マサくんには関係ないって言っただろ! 早く返せよ!」
「宏輝、落ち着け」
「返せよ! 返せっ!」
「ヒロっ!」
錯乱状態に陥りかける宏輝を、将大は止めようとする。その手が宏輝の腕に触れたとき、ばしっという破裂音が将大を襲った。
「触るな!」
鋭い一撃。将大は衝撃に目をみはり、ひりひりと痛む個所をじっと見つめる。痛みは徐々に引いていき、あとには何も残らなかったが、将大の心の傷は癒えない。
はじめて宏輝に殴られたのである。
将大は宏輝が極度の接触恐怖症であることを失念していた。宏輝との距離が近すぎたせいで、そんな当たり前のことを忘れていたのだ。驕っていた。宏輝に触れられるのは自分だけだと思っていたのか。過去の自分の傲慢な考えに、将大は深い自己嫌悪に陥る。
弱々しい拳が放たれた下腹部は、今では何も感じない。残らなかった痛みと同様に、宏輝の心から自分の存在が消されてしまったのではないか、とも将大は思った。
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