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第三章 第三の男2

 それは突然だった。  背後から口を塞がれ、振り返ろうとする前に裏道へ連れこまれる。街灯も街明かりもない暗い道で、宏輝は襲われた。 『三日後、月明かりの下で逢おう』  毎週月曜日の夜、将大はアルバイトのシフトで宏輝のそばを離れる。月曜日だけは、将大が隣にいない。つまりストーカーは将大のいない時間帯を狙って、宏輝への接触を謀ったのである。  もちろん宏輝も油断していたわけではない。だが、いつものように人目を気にするあまり、目深にかぶったキャップがあだとなってしまう。周囲から自分の存在を消すことに意識を持っていたため、ストーカーの気配に気づくことができなかったのだ。  ストーカーは宏輝の口を塞いだまま、もう片方の手を腰に回して、自らの身体に密着させる。耳の後ろにかかる吐息が熱い。呼吸も荒い。  宏輝の臀部に硬いものが押しつけられる。 「……っ」  宏輝は声にならない悲鳴を上げる。叫ぼうにも口は覆われているし、抵抗したくてもしっかりと拘束された身体はビクともしなかった。  ――マサくん、助けて!  宏輝は唯一頼れる男の名を心の中で叫んだ。  ぴちゃり、ぴちゃりと水音が伝う。  耳にねっとりとしたものが這い、その正体がストーカーの舌だと気づいたときにはすでに、宏輝の呼吸は乱れていた。  あのときと同じだ。再びパニックの波が宏輝を包みこむ。目の前が暗くなっていく。何度も何度も繰り返される悪夢の記憶。苦しい。息が吸いたい。酸素が入ってこない。だめだ。吸っても吸ってもどんどん喉が絞まっていく。  ――マサくん、マサくん!  宏輝は苦しさのあまり酸素を求めて首をかきむしった。過呼吸である。  ――助けて! 助けてマサくん!  ストーカーも宏輝の様子がおかしいと気づいたのだろう。耳から舌を抜き、最後に宏輝のうなじにキスを落として、名残惜しそうに去っていった。  解放された宏輝はその場に崩れ落ちる。そのまま呼吸が戻るのを待つ。発作を抑えるために、以前将大から教わった呼吸法を実践する。平常通りの呼吸に戻ったところで、宏輝の思考も落ち着いてくる。一点しか見えていなかった視界が急に晴れたように、宏輝は周りを見渡すことができた。  だがそれは同時に、宏輝の身に起こってしまった凶行を再認識することにも繋がる。身体がガタガタと震えだし、吐き気をもよおす。ストーカーの正体など気にかける余裕もない。  宏輝は将大のスマートフォンに電話をする。まだ働いている最中なのは承知している。それでも彼の声が聴きたかった。  将大から折り返し連絡が入ったのは、宏輝がアパートに戻ってからであった。

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