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第三章 第三の男8
長谷川将大からの返信が来て、内田宏輝は自宅に向けていた足を将大のアパートへ向かわせる。
ふたつのアパートは徒歩で十五分ほどの場所にある。今の宏輝にはその十五分がとてつもなく長く感じる。一歩進む足取りが重い。だが、着実に将大も元へは近づいていく。
大学を出てしばらくしてから、宏輝は自宅の鍵が無いことに気がついた。宏輝は身に覚えがない。だが鍵が無くては、アパートに帰りたくても帰れないのだ。
幸いにも合鍵は将大に預けてある。将大に連絡を入れたのは、彼の元に合鍵を取りに行くこともそうだが、将大が不在の間に間宮夏紀から受けた数々の嫌がらせを、すべて伝えるためである。
「いらっしゃい」
将大はいつものように宏輝を出迎え、軽い夕食を出してくれる。将大は料理も上手い。作り置きだというひじき煮とごぼうのきんぴらは絶品だった。
簡単な夕食をすませると、将大は宏輝に入浴を勧める。宏輝はどうしようかと迷ったが、すでに湯は張られ、いつでも入浴できるようになっている。将大の気遣いを無下にしないため、宏輝は彼の言葉に甘えた。
いつもの和室に布団を敷き、いつものように床に就く。
「……マサくん」
背中を向け、布団に入ろうとしていた将大の動きが止まる。将大は首だけで振り返り、何だと訊いた。
「あのね、マサくん……『おまじない』して?」
「……いいのか?」
将大は慎重に問う。対して宏輝は待ちきれないとばかりに、将大の背に両腕を回した。
「いいよ……早くマサくんを感じたい」
その言葉に引き寄せられるように、将大の唇が近づく。宏輝は軽く口を開け、将大の唇を迎え入れる。
「ヒロ……ヒロ……」
――ああ、安心する。
宏輝は将大に身を委ね、身体の力を抜く。
将大が宏輝に触れられるのは、この『おまじない』と称する時間だけだ。宏輝にとって『おまじない』は特別な時間だ。将大に身体を許し、触れ合い、互いの存在を確認し合う大切な儀式だ。そして潔癖なまでに接触行為を嫌う自分自身を唯一解放できる、魔法の言葉だ。
「ああ……マサくん……マサくん……」
宏輝は積極的に口を開き、将大の舌を受け入れた。
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